語らい
失恋をしたのだと彼女…早苗は言った。
幼馴染みの男と親友の女、それに早苗の三人は今でも変わらず仲が良かった。
そして常に三人で過ごしていれば、それが恋慕の情に変わるのは当然の事だったのだろう。
当たり前のように女二人は男を好きになり…
男は早苗を選ばなかった。
「…それだけの事よ」
「……そうか」
他人が聞けば、確かによくあるつまらない話だ。
だが当事者にとっては重大な事。
話をしているうちに落ち着いてきたようではあったが、ここまできたら早苗の気が済むまで話を聞いてやろうと思った。
「大好きな二人が幸せになったのに、喜べないなんて…本当に嫌になっちゃうわ…」
ぐす、と鼻を鳴らして早苗が苦笑する。
その言い分に、私は呆れて吐息を漏らした。
「随分と人がいいな。奪ってやろう、とは思わないのか?」
言われた瞬間、早苗がキョトンとした瞳を向けるものだから。
私はまた、声を出して笑っていた。
「ああ、答えなくてもいい。その顔を見てわかった」
これは『考え付きもしませんでした』という表情だ。
くすくすと笑う私に、ようやく涙が落ち着いたらしい早苗が、手拭いから顔を上げて言った。
「…あの子は可愛いから…おしとやかだし、女らしいしさ…どんなに頑張ったって、私が勝てる訳ないじゃない…」
俯く早苗に感じる違和感。
昼間、うどん屋で働いていた時に見た威勢は見る影もなくなっていた。
どうやら失恋の影響で自信を失っているようだが…。
それが、何故だか面白くなかった。
「そうか? しとやかなだけの女など、つまらんと思うがな」
大人しく、意見を言わず、男に付き従う女。
そんな女を重宝がるのは、自力で女を従わせる事が出来ない男だけだ。
男を立てるのが女の甲斐性、などと言う者も確かにいるが。
「女に立てて貰わねば立たぬ男など、情けないだけではないか」
「そんな事ないわよ。アンタだって絶対に、あの子を見たら可愛いと思うし、二人を見たらお似合いだって思うんだから」
幼馴染みを貶されたと思ったのだろう。
反論してくる早苗の言葉に、なんとも言い表せぬ不快感が沸き上がる。
私は決して、早苗の幼馴染みを貶した訳ではない。
そうでは、ないのだ。
「確かに聞いた感じだと『お似合い』だとは思いそうだな。だが、私は…」
お前の方がいい。
早苗の、視線を捕らえて、そう告げた。
「…は?」
私の言葉の真意がわからず怪訝な表情を浮かべる早苗に、私は真面目な眼で返す。
すると彼女は何故か不機嫌な面持ちになり、ふいと顔を背けた。
「…からかってるの?」
「いいや」
「…同情?」
「まさか」
「もしかして、慰めてるつもり?」
「なんだ、慰めが必要なのか?」
彼女の顎に指を絡め、視線ごとこちらへ向けさせる。
そして早苗の目をひたと見据えたまま、私は彼女に告げた。
「安心しろ。すぐに、そんなものはいらなくなる」
目の前で、驚きに見開かれる瞳。
それに満足し、己の口許がゆるむのがわかった。
件の幼なじみがどのような人物かは知らんが、彼女が引け目を感じる必要などないではないか。
早苗はこんなにも、魅力的なのだから。
視線をずらすと、指のすぐ横に涙の跡。
それが、どこかの男を想ってのものだと考えると、何故だか気分が悪かった。
だが既に乾いているそれは、指を滑らせても簡単には消えなくて。
私は思わず…
そこに己の唇を落としていた。
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