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出会い


その日、私は間違いなく苛ついていた。

いつもの様に、学園長からの依頼で引き受けた実習忍務。
さほど難しくもない内容のそれは、当然大きな問題が起こる事もなく。
全てが順調に進み、この分だと今日中に学園に戻れるか…と考えていたその矢先。

何故か苦手な一年生二人と遭遇した。

冷静さを失わないように…という努力も虚しく調子を乱され、怒鳴って叫んで追い掛け回して。
ようやく我に返った時には、もう日が暮れかけていた。

だが、もう学園に帰る気分ではなかった。

実習忍務はなんとか完了させたとはいえ、何故私ばかりが貧乏くじを引かねばならないのか。
自暴自棄と言うほどではないが、日常に戻りたくはなくて。
ふらりと町を歩いていた…そんな時、路地裏に女の姿を見かけたのだった。

前掛けを付けたまま踞る女。
おそらく、すぐ脇にあるうどん屋の娘だろう。
実習中に立ち寄ったそのうどん屋で、彼女が働いているのを見た覚えがあった。
明るく快活で、絡んでくるようなタチの悪い客も簡単にあしらっていた、気の強い女。
そんな彼女が、何故こんなところで踞っているのだろうか…?

正直に言おう。
その時の私は、親しくもない女に対して心配などはしていなかった。
ただ好奇心の赴くまま、路地裏に足を踏み入れたのだ。

「…どうかされましたか?」
「え…?」

努めて優しく声を掛ける。
顔を上げた彼女は泣いていた。


それはもう、盛大に。


「ぶっ!……くく、くくく…」
「なっ…失礼ね! 人の顔を見て笑うなんて!」

ほぼ初対面だというのに突然笑いだした私に対して、彼女が怒るのも無理はない。
だが、なかなかの美人だったと記憶しているうどん屋の娘が、まるで学園の一年生のように、顔から出るものを全部出しているとは思わなかった。

虚を突かれ笑い出した私に対して、彼女は怒りに顔を染める。
その様が面白くて、また笑いを誘うのだ。

「ちょっ…なんなのよ、アンタ!!」
「すまん…くっ、はははっ!」

腹を抱えながら手拭いを差し出すと、彼女は渋々それを受け取り、顔を埋めた。

「…あ」
「なんだ?」
「手拭い…汚れるわよ?」
「今さら言うな」

汚れて困るなら差し出さんさ。

あれだけ怒った後で、なんとも律儀な事を言うものだ。
呆れて息を吐いた私の前で、彼女は更に強く、その顔を手拭いに押し付けた。

「…で?」
「…なんだ?」
「私に何か用?」
「いいや?」
「…じゃ、何で声を掛けてきたの?」

先程までボロボロになるほど泣いていたというのに、臆することなく言葉を紡ぐ彼女。
その気の強さと冷静さは、私の好むものだった。

「こんなところで女が踞っていたら、普通は気になるだろう?」
「そういうものかしら?」
「…少なくとも、私は気になるな」
「それは『普通』とは言わないわね」

彼女は泣き顔、私は大笑い、という感情を見せあったせいだろうか?
私達の間には、初対面特有の距離感が既になくなっているようだった。

いや、それだけではないか…。

すっ、と己の目が細くなるのがわかる。
彼女は確実に、私の興味を引いていた。

「…女は、話をするだけで気が楽になるというのは本当か?」
「…え?」

手拭いから顔を上げ、彼女は私を見た。
視線が交差して、私は彼女を、彼女は私を、探るようにじっと見る。
しばらくして彼女は、小さく息を吐くと再び手拭いへと顔を戻した。

「…よくある話よ? 聞いたって、面白くもなんともない」

遠回しな言葉と視線、それだけで真意は伝わったようだ。
泣いている理由を、話したければ聞いてやる…と。

「構わない」

無理矢理聞き出すつもりはない。
ただ、その涙の理由には興味があった。

だが…それは本当に、呆れるくらい『よくある話』だった。




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