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衣装合わせ


ウチの劇団では、衣装に使う布地の買い出しは男の仕事、そして衣装を作るのは女の仕事、と決まっている。

という訳で、俺は仙蔵と共に買い物に来ていた。

もちろん仙蔵に荷物を持ってもらうのが目的だったのだが…どうやら日程を間違えたらしい。
今日は日曜日。
いつもより人が多い駅前の広場には、路上ミュージシャンやらパフォーマーやらであふれていた。

「はぐれるなよ、仙蔵?」

大きな袋を持っているため、仙蔵と手は繋げない。
何かあった時、忍者らしい素早さで動かれると困る事は、先日体験済みだから。
俺は道端で配っていた風船を仙蔵に持たせ、それが目印になるようにしていた。

「わかっている…だが、この音はなんとかならんのか?」

嫌そうに眉をしかめる仙蔵には悪いが、どうにもならないだろう。
駅前は夢見る路上アーティスト達のアピールの場だから許してやってくれ。
あっちこっちで鳴り響く音は、慣れている俺ですらうるさく感じる。
仙蔵には耐えがたいだろうと思い、早く帰ろうと促した。

だがその時、仙蔵の足がふと止まり、
その視線を追うと、そこには一人のピエロがいた。

「あれは、芸、なのか?」

不思議そうに尋ねる仙蔵に、俺も首をひねった。
ピエロは…多分、いい年をしたおっさんだ。
足元に置かれている古いラジカセのスイッチは入っているようだが、周囲に負けて音が全く届いていない。

そしておっさん…もとい、ピエロが披露している芸はジャグリングと言って良いのかわからないようなものだった。
カラーボール五個を投げているそれは、どちらかと言えばお手玉に近くて。

「…哀愁漂ってんなぁ」

俺は思わず呟いた。
やれといわれても出来ないが、凄いかと聞かれれば凄くはない。
おっさんピエロのそれは、芸とは言い難かった。

「行こう、仙蔵」

特に見るようなものでもないだろう。
そう判断して声を掛けたが、仙蔵が動く気配はない。
不思議に思って見てみると、おっさんピエロがこちらに向かって手招きをしていた。
その視線の先は、仙蔵だ。

「…どうする? 別に行かなくてもいいぞ?」

言っちゃ悪いが、あんなおっさんピエロに関わっても恥ずかしい思いをするだけだろう。
そう思ったが、律儀な仙蔵は年上に逆らうことを良しとはしないらしい。
俺に荷物と風船を預け、素直にピエロの元まで歩いて行った。


******


おっさんピエロは五個のカラーボールで、再びお手玉を始めた。
そして、少し離れたところに仙蔵を立たせ、目で合図を送るとその一つを放り投げる。
難なくそれをキャッチした仙蔵にまたもや目で合図をすると、今度は仙蔵にボールを投げさせた。
四個のボールの中に仙蔵の投げた一個が加わり、再び五個に戻ったカラーボール。
それが二、三回くるくると手の中で回ったところでピエロは手を止めて…両手を広げた。

え? 終わり?

呆然とする俺と仙蔵を尻目に、おっさんピエロは満足げな笑顔を浮かべている。
もちろん拍手などはなく…それどころか、立ち止まって見ているのは俺だけだった。

仙蔵…止めてやらなくて悪かった。

恥ずかしい思いをしただろうと、憐みの目を仙蔵に向けると…仙蔵はおっさんピエロの物だと思われるトランクを覗き込んでいた。

おいおい、何する気だ?

嫌な予感を裏付けるように、仙蔵はおっさんピエロにむかって指を一本立てて見せた。

『もう一度』

その意図に気付き、おっさんピエロは不思議そうな表情を浮かべてお手玉…もとい、ジャグリングを初める。
おっさんピエロの手の中で、カラーボールがくるくると回る。
すると、仙蔵もトランクからボールを取り出し、同じようにくるくると回し始めた。

だが、その数は三個…傍で見ていると完全にお手玉だ。
仙蔵が何を考えているのか知らないが、現代の芸はそんなに甘いもんじゃないぞ?

そう思って、心配しながら仙蔵を見れば…何やら、お手玉の数が増えている。
だが、それはカラフルなボールではなくて、色は黒っぽい…って、おい!!

増えたのは、苦無と焙烙火矢だった。

持ち歩くなと言ったのに!!
どこに隠し持っていやがった!!

おそらくトランクの中にはボールが三個しか残っていなかったのだろう。
仙蔵の手の中ではボールが三個と、苦無が三本、焙烙火矢が二個…計の八個の物が宙を飛び、くるくると回っている。

おっさんピエロと若くて可愛い仙蔵のコラボは、物珍しさも手伝って人目を引く。
気付けば何人かが足を止め、二人の芸を見守っていた。

すると、仙蔵がおっさんピエロに目配せをしたのがわかった。
どうやら『投げろ』と言っているようだが…どうする気だ?

最初は戸惑っていたおっさんピエロも、やがて覚悟を決めて、一つのボールを仙蔵に投げる。
難なくそれを受け止めた仙蔵は、くるくると回しているものの中にボールを一つ追加した。

そして。

仙蔵が、またボールを投げる。
お手玉を続けながら、おっさんピエロがそれをキャッチする。
またおっさんピエロが投げて、仙蔵が受け取り。
仙蔵が投げて、おっさんピエロがキャッチする。

気付けば、二人はお手玉をしながらキャッチボールを続けていた。
パラパラと拍手が沸き起こり、おっさんピエロが嬉しそうに微笑んだ。

だが…みんなは気付いているのだろうか?

二人の間には、ボールしか飛び交っていない。
つまり仙蔵が勝手に追加した苦無や焙烙火矢は、常に仙蔵の手元に残っているのだ。

確かにあのおっさんピエロなら、苦無を投げたら手を切るだろう。
焙烙火矢では手こそ切らないが、ボールとの重さの違いに戸惑って、すぐに落としたりしてしまいそうだ。

だけど、それにしても…。
どんだけ芸達者なんだよ、仙蔵は。

呆れ半分、関心半分で、二人のやり取りを見ていると、仙蔵の目がこちらを向いた。

「慶太殿!!」

え?

その目は俺に『動け』と言っている。
でも、俺はジャグリングなんか出来ねえぞ。

そう思って狼狽えたが、どうやら仙蔵が望んでいるのは違う事らしい。
俺を見て、ちらりと視線を動かした先には…街路樹があった。

ま、まじかよ…!

何をしようとしているのか、なんとなく察して顔を引きつらせる俺に気付いて、仙蔵がニヤリと笑った。

あの野郎…!!
だが、俺だって舞台人だ!
ここで引く訳にはいかねぇ!!

覚悟を決めて、俺は一歩を踏み出した。
街路樹の前に立ち、仙蔵の方を見る。
すると小さく首を振られた。

ん? ここじゃないのか?

右へ、左へ、と小さく動き、やがて仙蔵はこくりと頷いた。
一応言っておくが、この間も仙蔵はジャグリングと、おっさんピエロとのキャッチボールを続けている。

大したもんだよ…。

なんて、思っている場合じゃなかった。

「はっ!!」

仙蔵の掛け声が聞こえ、その体が大きく動く。

パァン!!

「うわぁぁっ!!」

耳元で破裂音が聞こえて、思わず叫んでしまった。
集まっていた観客達は、こちらを向いて楽しそうな表情を浮かべている。
そろりと後ろを見てみると、苦無が街路樹に突き刺さり、割れた風船の残骸が足元に落ちていた。

さすが、仙蔵!
投げた苦無は、風に揺れる風船に見事に命中したようだ。

だがな…

「こ、怖ぇぇぇ…」

ちょっと外れたら、俺、死んでたから!!

と、訴えることは出来そうにない。
仙蔵とおっさんピエロは拍手に包まれて、満足そうに笑っていた。


******


「お前、芸達者だなぁ…」

帰宅して、二人でお持ち帰りの牛丼を食べながら。
呆れたようにそう言えば、仙蔵は何でもないように言い放った。

「あれくらい出来なければ、焙烙火矢は扱えないからな」

それに、旅芸人に扮することもある。
何でも出来るに越したことはないのだ、と。
当たり前のように言う仙蔵が、なんだかちょっとだけ格好よく見えたのは、悔しいから内緒だ。

「でもな…」

俺はにたりと笑い、冷凍庫からアイスを取り出した。

「苦無も焙烙火矢も、持ち歩くなって言っただろ? 罰として、今日のデザートはなし!!」

このゴリゴリ君は俺の物!!

そう言って袋を開けると、仙蔵は慌てて俺に飛びついてきた。

「話が違う!! 今日、荷物を運ぶのを手伝ったではないか!!」

実はこのゴリゴリ君は、仙蔵へのご褒美だったりする。
先日、稽古の休憩中に劇団員からもらって食べて、以来、仙蔵はゴリゴリ君がお気に入りなのだ。

仙蔵とゴリゴリ君…意外な組み合わせが、俺は結構好きなんだが。

牛丼を食べ終えた俺に対し、仙蔵はまだ少し残っている。
飛びついてきた仙蔵に、

「まだ食事中だろ?」

と言えば、仙蔵はしぶしぶと座った。

こういうところが、素直で可愛いんだよな。

俺はくすくすと笑いながら、再び牛丼を食べ始めた仙蔵に向かって言った。

「もう、持ち歩かないか?」

苦無も焙烙火矢も!

もぐもぐと牛丼を咀嚼しながら、恨めしそうにこちらを見る仙蔵に、俺はゴリゴリ君をかざして言った。

「持・ち・あ・る・か・な・い・か!?」
「…わかった。持ち歩かない」

あれがないと落ち着かないのだがな…。

そんな事を呟きながらもしぶしぶ頷いた仙蔵に満足して、俺はゴリゴリ君を袋に入れて再び冷凍庫に戻したのだった。

大人顔負けの事が出来るくせに、妙なところで子供らしさを発揮する仙蔵。
どうやら俺は、この同居人をかなり気に入っているようだ。

「焙烙火矢、一つだけでも…ダメか?」
「ゴリゴリく〜ん!!」
「ああっ!! わかった、すまん。持ち歩かん!!」

なんてな。

荷物持ちは本当に助かったし。
お前の大道芸は楽しかったから。
ご褒美を取り上げるような真似はしねぇよ。

ありがとな、仙蔵。

俺は、そっと心の中で、呟いた。





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あきゅろす。
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