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稽古〜小返し・後〜


「いやぁ、一時はどうなるかと思ったな!!」

稽古からの帰り道、俺と仙蔵は手をつなぎ、並んで歩いていた。

あの後、仙蔵の母親に頼まれて仙蔵を引き受けることになった…という事にしたら、稽古場滞在はあっさりと許可が降りた。
そして一日稽古をして、今は帰宅中、という訳だ。

「仙蔵、芝居はどうだった?」
「よくわからんが…あれは歴史の話なのか?」

俺達が今稽古しているのは、幕末維新もの。
ありがちだが、新撰組をメインにした派手な舞台だった。

「そうだな、俺達にとっては過去。仙蔵にとっては未来の話…かな」

まぁ、史実通りじゃない…ってか、むしろ嘘の方が多いけど。
登場人物の名前くらいしか、当てはまっていないんじゃないだろうか?
そう言えば、仙蔵は不思議そうに俺を見た。

「歴史上の人物が出ているのに…史実じゃないのか?」
「そういうもんなんだよ!」

細かい事は気にするな!!
そう言って笑えば、仙蔵も笑ってくれる。
なんでだろう…こいつが笑うと、ちょっと嬉しくなるんだよな、俺。

「ところで、あの剣術はどうにかならんのか?」

にやりと笑う仙蔵に、ぐっと言葉に詰まる俺。
そう、殺陣の練習の時にコイツが笑いをかみ殺していたことに、俺だけが気付いていた。

「仕方ねぇじゃんかよ! 剣なんか、慣れてねぇもん」

口をとがらせてそういえば、仙蔵はくすくすと面白そうに笑う。

「やっぱり…見ていてヒドいか?」

不安になってそう聞けば、仙蔵は生意気な瞳を光らせた。

「まぁ…次に相手がどう来るかがわかっているのだから、もう少し素早く動けんものか、とは思ったな」

ちくしょう、聞くんじゃなかった。
余裕の表情で笑い続ける仙蔵に対して、ふと浮かんだ素朴な疑問。

「仙蔵は…剣も扱えるのか?」

持っていたのは苦無と焙烙火矢だったけど。
俺の質問に、仙蔵は得意げな顔で俺を見た。

「まぁな」

くっそ、やっぱり聞くんじゃなかった。
本物にかなう訳がない。

「あ〜、俺、仙蔵にちょっと教わろうかなぁ」

軽い気持ちでそう言えば、途端に仙蔵の顔が曇る。
それを不思議に思って見つめると、仙蔵は困った顔をした。

「やめておけ。基本が違う」
「なんだよ! 俺だってヘタクソなりに頑張れば…」
「そうではない」

俺の言葉を遮った仙蔵は…何やら重たい雰囲気をまとっていて。
知らず、俺はゴクリと喉を鳴らしていた。

「例えば…そうだな。お前を取り囲んで、皆が切りかかってくる場があっただろう?」

それは、坂本竜馬である俺が、襲撃されるシーンだ。
頷くと、仙蔵は俺を見た。

「皆、切りかかる前に『やぁ』だの『はぁ』だの、掛け声をかけるのは何故だ?」
「そりゃあ…俺への合図だろ?」

現代アクションでも時代劇のチャンバラでも、掛け声は必要不可欠だ。
それは気合の表れではなく、受け手に対する「今から行きますよ」という重要な合図なのだ。

だが、仙蔵は小さく笑う。

「せっかく相手が気付いていないのに、何故わざわざ知らせる必要がある?」

……え。

「そういうことだ」

それだけ言って歩く仙蔵は、俺の前にいるから表情が見えない。
俺は少し悲しくなった。

仙蔵の事、剣道が強い人くらいにしか思っていなかったけど…違った。

殺陣は見せるための物で、相手を傷付けてはならない。
剣道はスポーツで、実際に打ち合うが、相手を壊すのが目的じゃない。

だけど仙蔵は…違うんだ。

相手に知らせる必要はない。
不意打ち上等、それの意味するものは…。

フルフルと頭を軽く振る。

深く考えると、仙蔵を怖いと思ってしまいそうで、
そんな自分が、仙蔵が、切なくてツラかった。

だから…俺は自販機でコーラを買ってみた。

「仙蔵、これ飲む?」
「なんだ、それは?」
「この時代で愛されている飲み物だ」

ペットボトルを開けてやり、仙蔵に差し出す。
一口飲んだ仙蔵は、予想通り、綺麗な顔をこれ以上ないくらいに歪めていた。

「なんだこれは!? 口が痛い! 薬臭い! 慶太殿、騙したな!」
「騙してねえよ! 本当だ!」
「嘘をつけ!」

ほらな、仙蔵。
そんな顔も出来るんだ。

今だけでいいから、こっちにいる時だけは…、

そうやって笑ってろ。

俺が、笑わせてやるからさ。





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