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稽古〜小返し・前〜


「つ、疲れた…」

通常なら30分で着く稽古場に2時間かけてたどり着き…
その時点で、俺は既にヘロヘロだった。

「おはよー。…慶太の彼女?」

手を繋いだ状態で稽古場につくと、劇団員から声を掛けられて。
そこで俺はようやく仙蔵の手を放して、床に突っ伏すように倒れ込んだ。

「違ぇよ、ばか。親戚の子だ」

仙蔵が何者かと聞かれる事はわかっていたので、用意していた言葉を返し、
興味深げに仙蔵を覗き込む劇団員に、苦笑を浮かべて俺は言った。

「ちょっと訳ありでな、しばらくウチで預かる事になったんだ」

ホラ、と促せば仙蔵はニコリと微笑む。
何も言わなくても俺の言いたい事を察する仙蔵は、こういう時に面倒がなくていいと思う。

「立花仙蔵です。よろしくお願いします」
「お、男の子!?」

驚きの声を上げられて、俺は頭を掻いた。
やっぱり帽子くらいじゃ誤魔化せないらしい。
仙蔵の顔と髪型は…うん、女の子だよなぁ。

もう少し、ちゃんと男に見えるようにしてやるべきだったか…とも思ったが。
髪が切れない以上、俺の技術ではこれが限界だ。

十五歳と言えば思春期真っ只中。
女に間違えられるなんて、仙蔵は嫌ではなかっただろうか…と横目で様子を窺ったが、特に気にしてないらしい。
ほっと息を吐いて仙蔵に話しかけようとしたのだが、邪魔が入ったのはその時だった。

「え〜っ!? 木村くんの親戚!? 超可愛いじゃん!!」

遠巻きに見ていた女達がわらわらと集まってきて、俺は反射的に仙蔵から一歩離れていた。
ウチの劇団の女達は、無意味に、やたらに、テンションが高くて感情が激しいんだ。
悪いが今の俺に、コイツらの相手をする体力はない。

逃げたわけじゃないぞ!
仙蔵と現代のオンナノコの交流を、温かく見守るだけじゃないか!

そう自分に言い聞かせて、着替える為にバッグから稽古着を取り出すが、罪悪感がムクムクと大きくなっていく。
そっと様子を窺えば、仙蔵は意外にも彼女達に笑顔を向けていた。

「ありがとうございます」

きゃああ、なんて黄色い歓声を上げて女達が仙蔵を取り囲む。

あれ?
なんか仙蔵、全然平気っぽくねえか?

「可愛い〜。本当に木村くんの親戚?」
「よろしくねっ!」
「え? これからしょっちゅう来ることになるの?」
「来て来て〜っ! 大歓迎だよっ!」
「ねぇ、『仙蔵』ってさ、なんか歴史っぽい名前じゃない?」
「まじウケる〜!」

失礼だろっ!!…と思ったけれど口には出さず、俺は着替え始めた。

すまんな、仙蔵。
ソイツらに悪気がない事だけはわかってやってくれ。
ただひたすら、馬鹿なだけなんだ…。

心の中でそっと手を合わせ、引き続きこっそりと見守る俺。
だが、やはり仙蔵は気にした様子もなく、笑いながら女達の話を聞いていた。
アイツらにげんなりしない男がいるなんて…俺、仙蔵を尊敬出来るかもしれない。

「歴史っぽい、ですか?」

問い掛ける仙蔵に、頷く女達。
仙蔵の反応がお気に召したのか、彼女達は再びきゃあきゃあと盛り上がり始めた。

「なんか時代劇に出て来そうだよね」
「親が時代劇ファンなんじゃない?」
「あ! じゃあ殺陣とかも習ってたりして!」
「それはないでしょ、せめて剣道とかさぁ」
「いいね〜。なんか仙蔵くんって、剣道の格好とか似合いそうじゃない?」
「うんうん! ってか、和服が似合いそう!」
「この髪も結い上げたりしてさ。…ってか、マジで髪きれいだな。何かしてる?」
「わっ! 本当! こんなサラスト黒髪って今時珍しいよね」
「女の子だったら、モテそう」
「言えてる!」
「…お前ら、少しは遠慮しろよ」

…本人置き去りで盛り上がりすぎだろ。

一声かけて俺がウォーミングアップを始めると、他の劇団員達も、仙蔵の周りで盛り上がっていた女達も体を動かし始めた。
そんな中で仙蔵は、出されたパイプ椅子に座って俺達を眺めているのだが。
パイプ椅子に慣れていないのか、ちょっと居心地が悪そうだった。

そんな風にしてしばらく経った頃、演出家が現れて。
俺は仙蔵を演出家の前に呼び、『いとこ』として紹介した。

「…木村ん家の居候?」
「はい、それで、たまに稽古場に連れてきたいんですけど…いいですか?」

仙蔵を稽古場に居させるためには、演出家の許可は必要不可欠だ。

仙蔵は多少緊張した面持ちで演出家を見つめているが…多分、これは芝居なんだろうな。
いきなり見知らぬ場所にいても、あっという間に順応した奴がこれくらいの事で緊張するハズがないだろ。

この場では効果的だから何も言うつもりはないけれど、頭が良いと言うか、なんと言うか…。
『もっと子供でいりゃあいいのになぁ』
なんて、仙蔵からしてみれば余計なお世話だろう事を考えていた時、演出家の口から予想外の言葉が放たれた。

「立花、って言ったか。お前、いくつだ?」
「十五ですが?」
「学校はどうした?」

………あ!

俺が学生じゃなくなってから早数年。
深夜のコンビニで働きつつ、舞台に明け暮れていた為、曜日・平日・祝祭日といった概念をすっかり失くしていたようだ。

やっべぇ、今日、完全に平日じゃんか。

残念ながら、仙蔵を見る演出の目が鋭くなってしまった事に、俺は気が付いてしまった…。

「いや、あの…ですね…」
「木村は黙ってろ」

ぴしゃりと言われて、俺は口を閉じるしかなくなってしまったが…。

無理だって!
仙蔵にうまい言い訳が出来るはずがないじゃんか!
この時代の事を何も知らないのだから。

「どうして木村の家にいるのか、自分で説明してみろ」

鋭い視線を仙蔵に向ける演出家を見て、俺の背中ではダラダラと汗が流れている。

どうするべきか、いっそ全て正直に話してしまうべきか。
だけど、信じてもらえる自信なんてないぞ。

焦った頭で考えてみても、答えなんて出るはずがない。
しばらく続いた沈黙を破ったのは…意外な事に、仙蔵だった。

「信じて頂けるか、わからないのですが…」

そう前置きして話し出した仙蔵。
その内容は…驚くべきものだった。


******


実は先日…私には許嫁がいると父に言われたのです。
突然の事に、もちろん私は驚きました。
けれどお会いしてみたらとても良い娘さんでしたので、私はそれでも構わないとも思いました。

けれど改めて二人で話をしてみたら、彼女には心に決めた相手がいると言うではありませんか。

私の父は変わり者です。
歴史や時代劇が好きで、その好みを周囲にも押し付けてくるのです。
生まれた時に仙蔵などと名付けられ、髪を切る事も許されない私は、そんな父に振り回される事に慣れています。

けれど、彼女はそうではありません。

今回ばかりは、私は父に抗議しました。
数日に渡り必死に説得をしましたが、やはり父は聞く耳を持ってはくれませんでした。
このままでは、彼女は望まぬ婚姻を押し付けられてしまいます。

やむなく家を出ることにした私は、慶太殿の家に身を寄せる事になりました。
慶太殿にはご迷惑をお掛けしてしまいますが、他に頼れる人もおりません。
私の面倒をみると快諾して下さった慶太殿には、感謝してもしきれません。

邪魔は致しません。
どうか、私がここに居る事をお許し頂けないでしょうか?


******


…………。

沈黙が痛いよ!
ツッコミどころが満載で、もはやどこからツッコんで良いのかもわからない。

とりあえず「いつの時代の話だよ!!」と
ツッコみたいのを我慢し…

「いつの時代の話だ…?」

…たら、演出家からツッコまれちゃいました。

ですよね〜…ははは。

なんと答えて良いのやら。
戸惑ってチラリと仙蔵を見れば、仙蔵は切なげな表情で演出家を見上げた。

「やはり…信じがたい…ですよね」

その表情は同情を誘う程に儚げで、俺はようやく気が付いた。

コイツ…わざとやってねぇか?

さっき劇団の女達に言われた事で、自分の名前や髪型が珍しいという事に気付いたのだろう。
現代の知識もなく、いつどこでボロを出すかもわからない。
ならば、いっそ『変な家庭で育てられた』事にしてしまえば、今後も何かと楽だ…という事か、な?

仙蔵の考えを察した俺は、

「おじさんが時代劇フリークなのは知ってましたけど、まさかこんな事になってるなんて…俺も知らなかったんですよ」

ごめんな、もっと早く気付いてやれなくて。

そう言って、仙蔵の頭を軽く撫でれば、

「いえ…ありがとうございます」

と言って、仙蔵は俯いた。
その口元を、ニヤリと不敵に歪めつつ…。

俺と仙蔵の、即興小芝居の幕開けだった。






「いやぁ、一時はどうなるかと思ったな!!」

稽古からの帰り道、俺と仙蔵は手をつなぎ、並んで歩いていた。

あの後、仙蔵の母親に頼まれて仙蔵を引き受けることになった…という事にしたら、稽古場滞在はあっさりと許可が降りた。
そして一日稽古をして、今は帰宅中、という訳だ。

「仙蔵、芝居はどうだった?」

「よくわからんが…あれは歴史の話なのか?」

俺達が今稽古しているのは、幕末維新もの。
ありがちだが、新撰組をメインにした派手な舞台だった。

「そうだな、俺達にとっては過去。仙蔵にとっては未来の話…かな」

まぁ、史実通りじゃない…ってか、むしろ嘘の方が多いけど。
登場人物の名前くらいしか、当てはまっていないんじゃないだろうか?
そう言えば、仙蔵は不思議そうに俺を見た。

「歴史上の人物が出ているのに…史実じゃないのか?」

「そういうもんなんだよ!」

細かい事は気にするな!!
そう言って笑えば、仙蔵も笑ってくれる。
なんでだろう…こいつが笑うと、ちょっと嬉しくなるんだよな、俺。

「ところで、あの剣術はどうにかならんのか?」

にやりと笑う仙蔵に、ぐっと言葉に詰まる俺。
そう、殺陣の練習の時にコイツが笑いをかみ殺していたことに、俺だけが気付いていた。

「仕方ねぇじゃんかよ! 剣なんか、慣れてねぇもん」

口をとがらせてそういえば、仙蔵はくすくすと面白そうに笑う。

「やっぱり…見ていてヒドいか?」

不安になってそう聞けば、仙蔵は生意気な瞳を光らせた。

「まぁ…次に相手がどう来るかがわかっているのだから、もう少し素早く動けんものか、とは思ったな」

ちくしょう、聞くんじゃなかった。
余裕の表情で笑い続ける仙蔵に対して、ふと浮かんだ素朴な疑問。

「仙蔵は…剣も扱えるのか?」

持っていたのは苦無と焙烙火矢だったけど。
俺の質問に、仙蔵は得意げな顔で俺を見た。

「まぁな」

くっそ、やっぱり聞くんじゃなかった。
本物にかなう訳がない。

「あ〜、俺、仙蔵にちょっと教わろうかなぁ」

軽い気持ちでそう言えば、途端に仙蔵の顔が曇る。
それを不思議に思って見つめると、仙蔵は困った顔をした。

「やめておけ。基本が違う」

「なんだよ! 俺だってヘタクソなりに頑張れば…」

「そうではない」

俺の言葉を遮った仙蔵は…何やら重たい雰囲気をまとっていて。
知らず、俺はゴクリと喉を鳴らしていた。

「例えば…そうだな。お前を取り囲んで、皆が切りかかってくる場があっただろう?」

それは、坂本竜馬である俺が、襲撃されるシーンだ。
頷くと、仙蔵は俺を見た。

「皆、切りかかる前に『やぁ』だの『はぁ』だの、掛け声をかけるのは何故だ?」

「そりゃあ…俺への合図だろ?」

現代アクションでも時代劇のチャンバラでも、掛け声は必要不可欠だ。
それは気合の表れではなく、受け手に対する「今から行きますよ」という重要な合図なのだ。

だが、仙蔵は小さく笑う。

「せっかく相手が気付いていないのに、何故わざわざ知らせる必要がある?」

……え。

「そういうことだ」

それだけ言って歩く仙蔵は、俺の前にいるから表情が見えない。

俺は少し悲しくなった。

仙蔵の事、剣道が強い人くらいにしか思っていなかったけど…違った。

殺陣は見せるための物で、相手を傷付けてはならない。
剣道はスポーツで、実際に打ち合うが、相手を壊すのが目的じゃない。

だけど仙蔵は…違うんだ。

相手に知らせる必要はない。
不意打ち上等、それの意味するものは…。

フルフルと頭を軽く振る。

深く考えると、仙蔵を怖いと思ってしまいそうで、
そんな自分が、仙蔵が、切なくてツラかった。

だから…俺は自販機でコーラを買ってみた。

「仙蔵、これ飲む?」

「なんだ、それは?」

「この時代で愛されている飲み物だ」

ペットボトルを開けてやり、仙蔵に差し出す。
一口飲んだ仙蔵は、予想通り、綺麗な顔をこれ以上ないくらいに歪めていた。

「なんだこれは!? 口が痛い! 薬臭い! 慶太殿、騙したな!」

「騙してねえよ! 本当だ!」

「嘘をつけ!」

ほらな、仙蔵。
そんな顔も出来るんだ。

今だけでいいから、こっちにいる時だけは…、

そうやって笑ってろ。

俺が、笑わせてやるからさ。




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あきゅろす。
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