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顔合わせ・前


帰宅したら、首にひんやりとした何かを当てられて、

「貴様は誰だ!?」

とか言われたので、

「…坂本竜馬ぜよ」

と返してみた。
もちろん俺は、偉大な歴史上の人物『坂本竜馬』じゃない。
平成生まれの平成育ち、木村慶太だ。
じゃあ何故、そんな受け答えをしたかと言うと、俺の生活環境が大きく関わってくる訳で…

長くなるけど、まぁ聞いて欲しい。

俺は今、世間的にはフリーターと呼ばれる立場だが、個人的には『役者のたまご』を自称している。
つまり売れない役者で、小さな劇団の劇団員だ。
そこで年に何度か舞台に立ったりもしていて、現在は稽古の真っ只中。
で、間もなく本番を迎える芝居の中で、俺の役が『坂本竜馬』という訳だ。

もちろんそれが、帰宅直後に襲われる理由になる訳じゃない。
だがこういう事も俺にとってはよくある事で、慣れてしまった自分が怖い。
いつか、ちゃんと危機感を持てる日が来るんだろうか…?

というのも、役者のたまごの例に漏れず、俺は貧乏で住んでいるのは古い木造アパート。
ピッキングして下さいと言わんばかりの玄関は、出掛ける時に鍵が要らない仕様になっていた。
なんと家の内側に付いているドアノブのボタンを押して、そのまま閉めるだけで施錠が出来てしまうのだ。
しかも帰宅した際にも、ドアノブをスリッパかなんかで強く叩けば衝撃で開錠が出来る優れものだ。

不用心極まりないと怒るべきなのかもしれないが、よくよく考えればこんな場所に大金があろうハズがない。
それは本職の空き巣や泥棒の皆さんの方がよく知っている事らしく、ご近所も含めて被害に遭ったなんて話は聞いたことがなかった。
そして実際に空き巣に入られたとしても、盗られて困るものが何もないというのも悲しい現実だ。

まぁ、本番直前に衣装や小道具を盗まれたら困りはするが、そんな物を盗む物好きもいないだろう。

という訳で、逆転の発想が生み出したハイパーセキュリティを誇る我が家だけれど、実際問題として侵入は容易い訳でして。
ウチの鍵事情を知っている劇団員が、俺のいない間に勝手に上がり込み、くつろいでいるなんてのは日常茶飯事だったりする。

今回も、劇団員の誰かがふざけて即興芝居でも持ちかけてきたのだろう。

そう思って役名を答えた訳だけど、電気もつけない暗闇の中は妙な緊張感が漂っていた。

「…私をここに連れて来たのは、貴様か?」

んん? 変な設定だな。
…とは思ったけれど、とりあえずノルというのが役者の心意気だ。


「何を言うちょるぜよ。わしゃあ、おまんなんか知らんぜよ」

方言がおかしいのは勘弁してもらいたい。
台詞で書かれていなければ、土佐弁なんか話せる訳がないんだから。

だが精一杯頑張った土佐弁だというのに、相手は無反応で返答はない。
沈黙を持て余し、余裕を示すようにわざとらしく笑ったら、首に当たる冷たいモノがより強く押し付けられたのが分かった。

「…何がおかしい」
「いんや…お前さん、何を言うちょる、ぜよ?」

やばい、土佐弁がわからん。
もう限界だ。

しかも今日は、稽古を終えてバイトに直行したから疲れているし、
せっかく温めて貰ったコンビニ弁当も、冷めてしまう。

仕方がない。
ここで即興芝居を降りるとしよう。

次の台詞を考えているのか、いまだに無言な相手に対し、俺は呆れたため息を吐いた。

「…ってかさ、話を広げらんないんだったらもう良くね?」

そして、首に当てられた何かを握って…

「いい加減、俺飯食いぃいってぇぇぇぇぇーっ!!」

俺は絶叫した。

「なっ!? 苦無を素手で握るなど…馬鹿か、貴様っ!?」
「うるせぇっ!! 本物使ってんじゃねえよ!! ってか刃くらい潰しとけっ!!」

叫んで、俺は宙に手を泳がせた。
部屋の中央辺りにぶら下がっている紐を引っ張り、明かりを付ける。

すると明るくなった室内では、端正な顔立ちをした少年が目を見開いていた。

「なっ、なんだ!? この灯りは!?」
「お前…誰だ?」

それが、俺と立花仙蔵の初顔合わせの瞬間だった。





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