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それでも明日はやってきて
※だんだん記憶を失っていく山ちゃん。
※明るい話ではないです。
「少しずつ、忘れていくんだって」
どこか他人事のように山ちゃんがぽつりと呟いた。
今、自分が何を聞かされたのか繰り返し反芻しようとしても頭で上手く処理できなくて、でも聞き返すこともできなかった。
嘘だろ?
冗談言うなよ。
何言ってんの?
同じ言葉を何度も何度も繰り返す思考が、次第に真っ白になっていく。
出掛かった声は喉に引っ掛かり、意味を持たない音となって空気に消えていった。
気づけばいつの間にか強く握り締めていた拳。
指をそっと開く。
一本ずつ、ゆっくりと。
かなり力を入れていたのか、手のひらに爪が食い込んでいたのがわかった。
一体、現実感を伴わないその言葉に対して自分は何を言うべきなのか。
だって山ちゃんはいつもと変わらない笑顔で目の前に立ってる。
昨日だって、一昨日だって、いつも傍で笑っていた。
窓から見える景色は鮮やかに色づいていて、晴れた真っ青な空に白い雲が流れる様や、風に吹かれた緑の葉が揺れる音。そこから零れる日の光。遊んでいるのだろう子供たちの声。
何もかもが当たり前のようにそこに存在していて、さっきまでは自分たちもそちら側に居たはずなのに、今はそのなんと遠きことか。
外が「動」ならここは「静」。
何も動かない場所。
だから余計に外が眩しく感じられるのだろうか。
この部屋の壁の白さがやけに気になった。
病院という白い箱の中で、自分たちだけが世界から取り残されたみたいだった。
そんな中、山ちゃんが静かに口を開く。
「ごめん」
「え?」
「急にこんなこと言われてもわけわかんねーよなー」
「……悪ぃ、オレ実感なくて…何つったら…」
「忘れていーから」
「……………なに?」
「オレが、裕史を忘れる前に、裕史がオレのこと忘れて」
やけにはっきりと響いた声に頭を殴られたような衝撃が走る。
信じられないような気持ちで見返すと、そこにはいつものあの笑顔。
なんで笑うんだよ。
だからいつまで経っても現実として受け入れることができない。
いつもと何一つ変わらないように明るく振る舞う山ちゃんが悲しくて、その体を強く抱き締めた。
震えた体は一体どちらのものだったのか。
「……泣くの?裕史」
「山ちゃんが泣かねえならオレが代わりに泣くよ」
存在を確かめるように両腕で強く掻き抱いて首元に顔を埋めた。山ちゃんの匂い。鼓動も、呼吸する音もこんなに近くに聞こえるのに。
自分のと重なって、よりいっそう強くなる音。
ああ、そうだよ。
オレたちは生きているんだ。
「山ちゃんが忘れるなら、オレが覚えてるよ。山ちゃんのぶんまで、全部」
「……」
「山ノ井圭輔は、ここに存在してる」
全ての空間から切り離された白い箱の中。
抱き締めた腕の中で小さく、忘れたくねーよ…と震える声が聞こえた。
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