[携帯モード] [URL送信]
思い付きで自殺シリーズ 溺死編(仮)


お風呂が好きだ。お風呂のもわもわと音が周りに響くところとか、全体的に温かくて休まるところとか、ところどころで良い香りがするところとか。
私の一日はお風呂から始まりお風呂に終わる。つるつると滑りそうな床だって好きだし若干垢が残ってしまっている浴槽だって大好きだ。シャワーなんてもう好きすぎて一生浴びていたいくらい。シャンプーもボディソープもそんなに高いものを使っているわけではないのだけれど、体中を泡で包んでいるときが私は一番幸せである。綺麗になれる、気がする。容姿的な意味ではなく外見的な意味で。そりゃ容姿的な意味でも綺麗にはなりたいけれどやっぱり人間って外見よりも中身じゃないの。
私は自分の体の中まで洗ってしまいたい。そりゃもうたわしでこするくらいガシガシと力いっぱい。けれどそれは叶わないのでいつも浴槽の水をがぶがぶと何リットル分か飲み干すことで紛らわせている。体の外や心の中、ましてや体の中まで綺麗にしたい。一回石鹸を飲み込んだこともあるけれどだいぶきつかったからもうやりたくない。
学校に行って汚い人たちに触れて汚い人たちと話して、そんなことが数秒あるだけですぐに私はお風呂に行きたくなる。思い切りシャワーを全開にして頭のてっぺんから温かいお湯を浴びたくなる。浴槽にお湯をためて頭の上まで全部浸かってしまいたくなる。私に話しかけないで、汚いのが移ってしまう。しかし私は表向きは心が弱いただの女子なので、そんな空気を読まない人にもにっこりと微笑みながら応対したりする。ああどうしようもないなぁ、と思うけれどこればかりはどうしようもない。私はお風呂が好きな一般人であって、別に孤立しようだとか考えたことなんてないのだから。
今日も私はいつものように日も暮れ出したころくらいからお風呂に入る。浴槽に入って首を胸元にぐっと近づけ両足を両腕で抱え身体を出来る限り縮めてから蛇口をひねる。何度も何度もやってきたことだからお湯の調節なんて私にとってはお茶の子さいさいだ。赤いほうの蛇口を全開にして、青の方の蛇口を少しだけ捻る。これで私好みのお湯がだぼだぼと注がれるのだ。私はそのお湯が私の肩まで上がってくるのを今か今かと待っている。
少し耳障りな音、しずくの落ちる小さな音、私の手が水面をぴしゃりと撫でる音。小さな箱の中で体育座りをしながら私は目を閉じる。私の世界だ。私はもうここしかいらない。ここは私をとても綺麗にしてくれる、ここは私を救ってくれる。
水面は上がってきた。私の方は全部綺麗な白湯に包まれた。ぽかぽかと全身が温まってくる。ここから出たくない。いずれは出なければいけなくなるのが煩わしくて仕方がない。私の両手は動かなかった。もういい加減に止めなければ息ができなくなってしまう。分かってはいたものの私の両手は再度ぴちゃりと水を撫ぜたのみだった。水は止まることを知らずにずっとずっと流れ出てくる。
ついに私の体はすべてが白湯に包まれた。これ以上ない温かさだった。息ができないことすら何も苦しいと思わなかった。ちゃぷちゃぷ、私が手を揺らすたびにくぐもった水音が耳に届く。これが私の還るべき世界なのか。今の私は綺麗なお湯に包まれているのだからこれ以上ないほどとっても綺麗だろう。素敵。
だんだん本格的に苦しくなってきて私は目を閉じた。どうしてだか顔を水面から上げることは憚られたのだ。別に誰かが私の頭を押さえてるわけでもなければ身体が動かなくなったわけでもない。これ以上このように原点回帰していたら私はどうなってしまうのかという興味がそこにはあった。どうせ普通に窒息して死んでしまうだけなのだろうが、私はこの状態が一番きれいでうつくしいのである、自らそこから脱してしまうなんて私のすることではない。
意識がぼやぼやとしてきた。今までもちょっとしか聞こえてなかった水音がもう完璧に聞こえなくなった。目を開いてみても掠れた私の両足しか目に入らなかった。溶けてしまうのか、それが完璧な私の末路なのか。このまま私が消えてなくなってしまってお湯と混ざり合ってしまったら一体誰が私を見つけてくれるんだろう。だって私は独りぼっちだから。むしろ誰もこの私の世界には立ち入らせたくなんてないし、私は誰からも見つけてもらえないのか。
ふやけてしまった両手で自分の頬を触ってみる。大丈夫、だってどうせこうなるって分かっていたこと。苦しくて苦しくて仕方がない、誰も私を引き上げてはくれない。多分お湯は浴槽からあふれてしまっている。両手を結構上げてみたけれど私の指先は水面から出てくれない。私は誰にも助けを求められない。
肺から空気を吐き出した。吐き出した空気も水面に向かってすぐさま浮かび上がっていった。もうこれで私の体の中の空気はなくなったのだろう、いくら口を開閉させてももう何も出てこない。
意識がどこかへ飛んでいく。体がふわりと引き上げられる感覚がする。けれど生温かいお湯からは私は永遠に脱せないのである。なんだか今になってやっと自分が死ぬんだということを実感した。こんなところでこんな思い付きでこんな風に絶命するなんて私らしすぎてちょっとだけ笑えてしまった。






[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!