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思い付きで自殺シリーズ 転落死編(仮)


特に深い考えはなかった。ちょっと身を乗り出してみたらどうなるんだろうという好奇心があふれた結果だった。
高いところが得意とか好きとかそういうことは全然無いはずなのに、私は思いつきでこのフェンスを飛び降りてしまった。髪がばさばさと靡いた。体が反転されてスカートの中が丸見えだ。不意に今自分がどういったパンツを履いているかが気になって仕方がなくなってしまった。見ようとして首を胸元の方へ曲げてみるものの案の定というかなんというか、普通に届かない。諦めて私は天を逆さまに仰いだ。普通は見上げるはずであろう空を見下ろしている。壮観。私は世界中の限られた人数しか見ることのできない反転された世界というものをこの目に焼き付けようと思う。ああ、心残りなのはこの気持ちを誰にも伝えることができないことか。
だいぶ大昔に空を飛ぼうとして蝋で固めた鳥の羽を背負って飛び降りた人がいたようだけど、その人が本能で太陽を目指した理由が分かるような気がする。太陽が目にまぶしい。そちらに向かったら醜い私の姿もまぶしさでかき消されてしまうはず。
私は自分でも嫌になってしまうほどどうしようもない人間だった。何が悪かっただとか、何が良かっただとか、そういうことも全然思い出せやしないほどしょうもない人間だった。何も遺すことができなかったし何も遺そうとは思わなかった。
こんな私にも両親というものは居て、私はよく言う可哀そうな人たちとは違ってちゃんとそれなりの愛を受けて育ったように思える。友達がいなかったわけではなく、むしろいい友達には恵まれていた。私の性格がすごく悪かったとは思えないし、まぁほどほどには人に気を遣っていたし知らない人にも話しかける努力はしていたつもりだし、きっと私が死んだらみんな一様に首をかしげるのだろう。なんでコイツ死んでんの、みたいな。その時のために遺書でも残しておくべきだった。書くべきことはこうだ、私はあなた方から卒業します。一世一代の大掛かりな隠し芸みたいな終わりで構わない。どうせ私は感想を聞くことなんてない。こんなどこにでもいそうなただの女子が伝説に残る瞬間である。実にしてやったりである。思い付きだったから遺書なんて遺せてないし、結局すべては叶わないのだけど。
地面が近付いてきているのが分かる。私の世界大反転の旅はものの数秒にも満たなかった。
いつも友達と何ということもなく歩いていたはずのアスファルトが見える。最後にあの道を歩いたのはつい数日前ではないか。確か近くのスーパーで買ったファンタを飲みながら。あの時ちょっとファンタ零しちゃってごめんね、アスファルト。そして最期の最期まで迷惑かけちゃってごめんね、アスファルト。
特筆するまでもないここだって数日したら連日報道陣が押し掛ける大人気の道になるのだろう。今まで通り私の友達たちがここをファンタ零しながら談笑しつつ歩くのは難しくなるのかもしれない。そう考えたらここを選ぶのはやめた方が良かった。もっと他に普段は通らない道を選べばよかった。しかし後悔先に立たず、私は出来るだけ周囲に私の肉片やらなんやらが飛び散っていってしまわないように少しだけ身体を丸める。
そういえば宿題出してない。宿題を出していないことを後悔して飛び降りたんだとか思われたらちょっと私としても意にそぐわない。宿題くらいちゃんと出しておけばよかった、これでは私は伝説の面倒くさがり屋である。他にも出してない提出物とかあっただろうか。急にそわそわしてくる。アスファルトは近付いてくる。なんかごめん、お父さんとお母さん。娘の大恥を丸々被せちゃってごめん。しかし飛び降りてしまったからにはもうどうしようもない。逆にプラスと考えろ、私。宿題を出さなくて済んだんだと。酷い自己中心的である。ああもう何となく気分で飛び降りてしまったことからして自己中なのには変わりないか。
けれど私は自らを中心どころか端の端の端の方だと思っている。だからこそ自分勝手に自殺をはかってみたってあまり世の中には支障のないままなのだろうと、私の隙間なんていつの間にか誰かに取って代わられるのだろうと、私なんていなくたって世界は一瞬も軋みすらせず滑らかに自転公転を繰り返すのだろうと。
でももし誰かが私のことをずっと忘れずにいてくれたら、それだけで私は生きてきた価値を感じるはずである。その人数が多ければ多いほど。それが理由のような気がしてきた。私は世界に波風を立てたかったのだ。「私」を大地に擦り付けたかったのだ。こういう人がいたということを出来るだけ多くの人に知ってもらいたかったのだ。なんだ、だったら私はこれ以上ない自己中女じゃないか。呆れられて当然だし忘れられて当然だ。私って一体何のために生まれてきたのだろう。誰かを守るため、とか、私が守るような人なんて、

あ、そういえば私には弟だっていた。心残りがまた増えた、私は弟の結婚式には出席しなければならないと数年前からずっと誓っていたのを忘れていた。今さら悲しくなってきた。多分私の死骸には涙が交じることだろう。







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