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自由の遺伝子(夢と央子)




移動教室って、面倒だ。

特に面倒なのが、他の校舎まで移らなければならない授業の場合。こんなに寒いのに、一瞬でも外の通路を通らなければならないなんて憂鬱。本来ならば、一日中教室から出たくないくらいなのに。



(手袋…つけてこればよかったかな)


あと一周!とグランド中に体育教師の声が響き渡る。今まで怠そうにトラックを回っていた生徒たちは、その声に幾分救われたかのように最後の力を振り絞ってラストスパートをかけている。その様子を眺めながら、視界を上昇させた。天気予報のお姉さんが言うには、本日は雪が降るらしい。こんなにも寒いのだから、その現象にも頷ける。


「あれ隣りのクラスかな、うちのクラスも次から体育持久走だよーやだねー」

右隣りで女子Aが嫌そうに言った。左隣りで女子Bがそうだよね、と合意する。

「俺真冬の持久走嫌いなんだよね、耳痛くなるから」

「冷たくなるもんね」

「でも夢、運動神経いいじゃん」

「だけど寒いのは嫌だよ」


はあ、と息を吐くと本当に真っ白でげんなりする。降り出す前には下校したいものだ。


「あ、あれおーじじゃない?」

「は?王子?」


どうした女子A。彼女が指差す方へ視線をやると、先程グランドで走っていた生徒たちが、授業を終えて渡り廊下の真横にある水道の元に集まっている。

「ほら、あの人!」

「王子ってあだ名なの?」

「ううん、央子は本名!」

「本名!?」

王子とは、どうやら一番手前の蛇口を捻っている男のことを指すらしい。同じ学年にこんな奴いたっけ。擦れ違い際にちらりと見る。確かに色男だが王子が本名ってどうなの?

「央子お疲れー!」

Bが言うとAもすかさず同じ言葉を繰り返す。こちらを向いた王子はにこ、と笑って「おーきに」と一言。AもBも完全にノックダウン。彼の顔が妙にきらきらしていて、どうしてこんなに輝いているのかと目を凝らした。あれ、この輝きはもしかして…



「なんか俺の顔についてる?」

「いや、なんか…凄い汗だね」

「どんどん出んで!」

「え、それはなんというか大丈夫なの?」


この分泌量は、やばいんじゃないのか。どんどん出る宣言ははったりでも何でも無く、本当に汗は止まらない。これが人間の成す技?思わず凝視してしまう。


「お前…もしかして…」

「え?」

「俺のこと好きなんか?」

「はあ?」


なんの冗談かと思いつつ、王子の瞳が余りにも真剣だったので、思わず距離をおく。まさかこの男…そっち系の…


「夢、そろそろ行こう、授業始まっちゃう」

「あ、ああ、」



夢って言うんか!覚えとく!とかなんとか背後から声が聞こえる。少し悪寒がした。




「央子って、わりと変態なんだよね」

「そうそう、すぐ脱ぐし、バイらしいよ」


でもかっこいいし優しいんだよねー、と両隣りで騒いでいるのを聞きながら、脳内では本当にバイなのかなーなんてどうでもいいことばかり考えていた。変態っぽいけど、面白そうな男だとは思う。あんなに目立つ奴なのに隣りのクラスだったことすら知らなかったなんて、自分の無関心さにも程があると思った。






目的地の教室が見えて来た。AもBも、未だに央子の話をしている。


教室のドアに手をかけながら、俺は思い付いたように、だけど、と口を開いた。



「だけどきっと、夢の方が二人のこと好きだと思うよ?」


一言、笑顔で言ってみせる。すると、AもBもぱたりと央子トークをやめて、わたしも!だとか夢の方が好き!だとか、嬉しそうに言い出した。



教室に入ると同時にチャイムが鳴ったので、早足で席につく。
外と比べてやはり室内は暖かくて、思わずくあ、と一つ、小さな欠伸を零した。



自由の遺伝子
まったく、女の子って単純だよねぇ




(080209)


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