紅と麦の物語



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十二国記小説
言おうかな。


ああ今日もまた一日が終わった。

やったやったと、仕事が終わったぞと、
さあゆっくりしよう、食事にしよう、湯あみをしようと、
そうしてゆっくり寝床でくつろごうと・・・

豊かなこの国で、民たちはほっこりとした夜を迎える。



この国の王である少女も、くたくたになった身を休めようと、
きれいに誂えた寝台へもぐりこんだ。

寒くもなく、暑くもないちょうどよい気温に、ふかふかの掛け布団はとても心地が良かった。

長い髪が敷布に広がる。
真っ赤な模様が出来上がった。
少女の髪の毛は燃えるような赤だからだ。


静かに目を閉じる。
かつていた世界とは違って自然の音だけが響く寝室で眠るのは最初は奇妙な心地がしたものだ。

しかしここ最近は違った。
寝付いたと思えばもぞもぞと隣に侵入してくる男の存在は鬱陶しいが嫌いではない。



それなのにこの数日、珍しくその男はまったく姿を見せなかったのだ。

浮気でもしているのだろうか。
栓無いことばかり考えてしまう。
私から行ってやるものか。

つんとした気持ちで今夜も瞳を閉じ、眠りにつく。

夜はまだまだ長い。




ああようやく一日が終わった。
今夜こそは今夜こそはと、何度思ったことか。

そう思ってはやれ飲みに行きましょうだの、やれ学をつけてほしいだの・・・

私は毎日飲みに行くほど酒豪でもなければ老師でもない!

はあと大きくため息をつく。
先ほどまで熱心に仕事の話をしてきた女性官吏を何とか突破して、
急いで風呂に入り、できるだけ人通りの少ないところを選んで、
ようやくここにたどり着いたのだ。

夜ごと通い始めてから初めて、数日間共に夜を過ごさなかっただけで寂しさで死にそうだった。
というのは大げさかもしれないが、夢に見てはむなしい朝を迎えるほど寂しかったのは本当だ。

「泣いてらっしゃるだろうか。」

自意識過剰な考えを抱き、そっと寝室をのぞき込む。

寝台を覆う薄い布に手をかけめくると、月光に照らされて少女がぐっすり眠っていた。

久々に見たその姿に男は時すら忘れて見入ってしまった。

のろのろと足を動かし、寝台に手を置くとギシリときしんだ。

そのまま掛布をめくって暖かい布団の中に潜り込む。

そっと少女の腰に手を置くと、温かさにすべてが癒される思いだった。

ばさりと無造作に広がる髪の毛を優しく梳き、すがりつくように背中に額を押し付けた。

「ん〜〜〜?」

寝ぼけた声で寝返りを打ち、ちょうど男の腕に収まるように身を丸める少女が愛しくてしかたがない。

わざとだろうか。
眠ったふりをして自分を試しているのだろうか?

そう勘ぐってしまうほど可愛らしい姿だった。

暖かい体を抱きしめ、そっと目を閉じる。


「ん〜、こうかん?」

舌たらずな物言いで名を呼ばれ、思わずにやけてしまいそうになる。


余裕ぶって「はい」と答えると、
思いっきり腕をつねられた。

痛い・・・・

「痛いです。」

「そうだろうな。」

「寂しかったのですか?」

「・・・そういうところ、嫌いだ。」

浩瀚が腕を伸ばすと、当然のように枕にする。
でもそのおかげでより体を密着できる。

腰を抱き寄せると、薄い寝間着越しに暖かくて柔らかい感触がある。

少女がそっと胸元にすり寄ってくる。

硬い筋肉を指でたどられると、くすぐったくて抱きしめる腕に力がこもる。

「主上。」

我慢できずにそっと口づけする。

そのまま頬を手で覆い、体ごと覆いかぶさって深く口づけた。

柔らかな舌を吸い上げ、体を押し付け寝間着をはだけさせすべてをむさぼる。

しかしまたまた、今度は頬を思いっきりつねられ、
浩瀚は痛さに行為を止めざるを得なかった。


「・・・いたい・・・」

「うるさい。」

ようやく解放され、思わず頬をさする。
興奮はあっという間に冷め、陽子をじっと見降ろす。

ほんの少し怒った様子の陽子に浩瀚はわけがわからなかった。

はてなマークをたくさん浮かべ、心中おろおろしっぱなしだ。

「随分と機嫌が悪いようで。」

無理やり笑みを作り、どうした?と問うと、つんとそっぽを向かれた。

「別に〜」

その答えに、浩瀚は軽く頭が痛くなるの感じた。
これは相当怒っている。

「寂しかったですよ?とても。
でも昼間はあなたに好きだと言いたくても言えないでしょう?」

「そうですね。」

何故だか敬語を使う陽子に、これはいよいよ拙いなと内心焦りでいっぱいになった。

「じゃあなんだ?
夜ごと飲みに行っては女とどんちゃん騒ぎして、
そうかと思えばどこぞの若造に明け方まで学問を教えて、
それで女官吏に密室で二人だけの時間を過ごしてたのはどうしてですか?」

じっと浩瀚を見据える陽子の翡翠の瞳はしっかりと据わっている。
正直怖い。

つつつと冷汗が背筋を落ちるのを感じた。

柔らかな両ほほを包むように撫で、精一杯気持ちを込めて「貴女が好き。」と伝えると、
納得したのかしてないのか、ぎゅっと首にしがみついてきた。

陽子は陽子で、本当はこんなにつんけんしたいなんてこれっぽっちも思っていなかった。
ただ、一人で迎える夜の寂しさに、もう一度孤独に突き落とされたような気持になったことに、
思った以上にこの男に恋い焦がれてしまっているのだと気づかされてしまったのだ。

言おうかな?それとも言うまいか。
本当はお前が好きなんだ。
たった一つ、私的な望みがあるのなら、それはお前がほしいってことなんだ。

でも恥ずかしい。
そうこう思っている間に口は勝手に可愛げの欠片もないことを言い、浩瀚を困らせている。

それでも言おうか言うまいか迷っていると、
ふいに切なげな声で「貴女が好き。」だなんて言われ、

年上のくせしてずいぶん情けない声で、捨てられた子犬のようにしがみついてくる男に心は激しく動揺した。

思わずその頭を抱えるように抱きしめると、浩瀚は驚いたように肩を震わせた。

こんなに情けない姿は初めて見た。
だからその珍しさに免じて言ってやる。


「お前が好きだ。」

その言葉に浩瀚の体温が一気に上がった気がした。
いや、気のせいではない。

実際、ぎゅっと抱きしめられるせいで響く心臓の音が陽子にも分かるほど激しく脈打っている。

そのまま今度は陽子から男の顔を引き寄せ口づけると、
心地よい気温だった室内はすぐに熱くなった。

長い長いと思っていた夜は、どうやらあっという間に明けてしまいそうだ。





end

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