紅と麦の物語



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十二国記小説
悪夢〜陽子〜


夢の中だった。
嫌な感覚、重苦しい空気、気怠い体。

目の前は血の海で、己の手のひらも血まみれだった。
あちらこちらに転がる人の躯が恨みがましそうに宙を睨んでいる。

それを横目に陽子は男を探した。


呼吸するのですら苦しい世界から抜け出したいのに抜け出せない。
早くあいつを探さなければいけないのに足が思うように動かない。
名を呼びたいのに喉はからからで無意味な音しか出せない。

心の中で願うは彼の者が無事であること。

しかしその願いは空しく、禁色をまとった男が転がっていた。

よろけるように近寄る。
遠くから見ても分かるほどの血の海。

べしゃべしゃとその海を抜けてだらりとした体を抱き起す。

きれいな色白の顔は血にぬれて、腕で支えなければその首はだらりと垂れてしまう。

腹に力を込めて絞り出した声はかすれていた。
仙ならば聞き取れるのかもしれないが、意識すらない男には無意味だった。



音もなく涙が流れる。
もう、声すらでない。

早く醒めてくれと、ただそれだけを願って涙を流し続けた。






ひくっという音が聞こえた。

目を開けると、どうやら己の泣き声だったのだと気が付く。

しゃくりあげるほど涙が流れてしまっていた。
これだけ流せば喉も乾くはずだ。

無造作に目を拭い、水差しから直接水分補給した。
祥瓊にばれたら大目玉だろう。


月明かりに己の手を掲げる。

良かった。血にぬれていない。
あいつは?あいつは今何をしているのだろう?


夢遊病者のようにふらりと立ち上がり、乱れた服装のまま彼の者の元へ向かう。

途中誰にも会わなかったのは陽子がこの宮殿に精通しすぎているからだ。

たどり着いた屋敷は男の身分にしては簡素で、だがそれがまたこの男らしいと陽子は思っていた。

血に濡れていたらどうしよう。

ありえないとは思うが、そもそも100%あり得ないなんてことは世の中には存在しないのも事実だ。

急に恐ろしくなり、夢を思い出して体が震えだす。

震えを抑えようと両手で己を抱きしめた。
夢の内容が色濃く脳裏にちらつき、陽子はきつく目を閉じた。

そんな様子をため息交じりに見つめる男がいた。

気配に聡い男は呆れと苛立ちでその少女をしばらく眺めていたが、
どうにも様子がおかしいことに気が付くのに時間はかからなかった。

心配になり近寄っても全く気付くことのないその様子は明らかに「異常」なことだった。

泣いているのか?

不安と動揺を抑え、いたずら心にその体を後ろから抱きしめた。

急に抱きしめられたことでびくりと大きく揺れた陽子。
ついと体を半転させられ、見上げればきれいな琥珀の瞳。

心配そうに覗き込むその瞳は生きた者の瞳だ。

「浩・・・瀚。」

思わずといった風にその体にしがみつく。
自分よりも広い胸に耳を押し当て、とくとくと脈打つ心音を確かめる。

「そのように不安に感じるほどの思いをされたのですか?」

困った方だ。

そう続ける浩瀚に陽子はどうしようもなく安心した。

「私は呆れているのです。
そして心配でもあります。
またいつ悪夢に心が乱れるともわかりませんでしょう?」

その通りだなと陽子は己の不甲斐なさに俯く。

その姿に浩瀚は内心苦笑した。
いじめすぎたかな。

「あなたの安心できる場所は私の元ですか?」

その問いに陽子は思案した。

「そうなのかな。そうかもしれない。」
陽子の応えは浩瀚を満足させた。

「では解決策も見つかりました。
今後は私とともに寝ましょう。
そうすれば安心と安眠は保障されますゆえ。」

もちろん湯たんぽ代わりの温もりと少々大人の味もおまけつきです。

とあくまでも爽やかに、涼しげにのたまう男に陽子は今度こそほっと安堵した。

「励ましてくれてありがとう。
もう大丈夫だ。
迷惑かけてすまなかった。」

そのまま立ち去ろうと体を離しかけるが、押しても押してもその体は解放を許さなかった。

「ですから、貴女は、私とともに寝るのです。
お分かりいただけましたか?」

一言一言言い聞かせるように、ゆっくりと話す浩瀚。
驚嘆して固まる陽子を抱き上げると、悠々と歩き出す。

「それにしても服が乱れすぎではありませんか?
少々目のやり場に困ります。」

「困るくせに見るな触るなにやにやするなにおいをかぐな!」

「美しい姿を見ないのは失礼でございましょう?
下心あって触れているのではなく冷えておられないか確認しているだけでございますし、
にやにやではなく眼福であるというほほえみでございますれば、決して不埒な表情ではございませぬ。
鼻は良いのでこの清涼な香りが貴女さまから放たれる匂いなのか確認しております次第でございます。」

「よくもまあこれほどまでに「言い訳」を考え付くものだな。」

ほとほとあきれ果てた表情で浩瀚を見つめる。

先ほどまでの悪夢はすっかり霧散した。

「でも、ありがとう。」


すりすりとその胸元へすり寄り目を閉じる。

温もりが陽子を包み込む。

ああ、今度は良い夢が見れそうだ。



FIN.



[あとがき]

陽子「不埒物め。」
浩瀚「眼福です。私こそ、真の福男でございます。」




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