紅と麦の物語



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十二国記小説
猫になったら・・・


陽子side


穏やかな陽気が続く今日この頃。
雲海の上ではいつもと変わらずゆったりと時間は流れていた。

いつも変わらぬ日常は、民にとっては平和そのものなのだろうが、
幾年も生き続ける者にとっては退屈極まりないものでもあった。

美しい紅の髪が陽光を浴び、キラキラと輝く。
しかしその表情はどこか憂鬱そうで、切なげだ。

陽子はじっと恨みがましげな眼を一人の男に向けた。

いつからかは分からないが、気が付けばその男を好きになっていた。
恋とはそういうものだろうが、いかんせん免疫の少ない陽子にとってそれは大事件そのものだった。

「浩瀚様が好きなの?」

友からのたった一言でようやく気が付いたその感情を未だ整理ができずにいるほどなのだ。

気晴らしに出かけた散歩途中

その陽子を追って男が、浩瀚がウロウロと宮内を彷徨う。

偶然その姿を見つけ、陽子はギュッと胸が締め付けられた。

小さく唸る陽子。
その声に気がついたかのように浩瀚が顔をこちらに向けた。

急いで草陰に隠れた陽子は、一向に声を掛けられる様子がないので恐る恐る顔を出した。

浩瀚はというと、屈みこんで何やら小さなものを拾い上げたところだった。

それがネコで、浩瀚が愛し気に目を細めてその頭をなぜる様子を陽子は腑に落ちない気持ちで眺めていた。


もしも己がネコならば、浩瀚は同じようにぎゅっと抱きしめるのだろうか?
優しく頭を撫でてくれるのだろうか?

詮無き考えがグルグルと脳内を駆け回る。



「ネコになりたいな。」

一度でいい。
好きになってくれなくていいから。

だから一度だけチャンスが欲しい。





その晩、陽子は不思議な夢を見た。

どうしてなのか全く分からないが、自分がネコになっているのだ。

恐る恐る鏡に近づくと、ご丁寧に紅の毛並に緑の瞳だった。

何で?

確かにそう言ったつもりだったが、出てきた言葉は「にゃ?」だった。

とかく意味不明だが、これは良い機会だと、慣れない足取りで思い人の元へ向かう。





大好きな男の香が濃い場所へ足を運ぶ。

自然とトコトコと小走りになる。

風に漂う香の匂いはどうやら雲海の辺りから漂ってくるようだ。

人間の姿であればなんてことない雑草も、小さな猫の姿ではかき分けて進まねばならない。

つんつんと目に入りそうになる草に苛立ちながらようやく砂浜にたどり着いた。

広い背中の男がゆったりと腰かけている。

その背中にまたまた心臓がわしづかみにされたような心地になり
陽子は勢いよく飛びついた。

驚いたように浩瀚が陽子を凝視する。

ネコが陽子だとは気付かず、浩瀚は困ったように微笑み、
そっと抱き上げた。

膝の上に座らせ、大きな掌で優しくなでる。

それが予想以上に気持ちがよく、陽子ののどからは自然とゴロゴロと甘えるような音が出た。

「お前はあの方に似ているな。」

ポツリとこぼれた言の葉に陽子は目を瞬かせる。

それ以上は言わず、浩瀚は小さく溜息をついた。

撫でる手はどこまでも優しくて、陽子は落ち着かない気持ちになった。


「どこまでも美しい方なんだ。
けれど、決して私のものにはならない。」

詠うように紡がれる言の葉に陽子は浩瀚に思い人がいるのだと悟る。

それが悔しくて、苛立たしく尻尾をバタバタと振るう。

恨みがましげな眼を向けると、その様子に浩瀚は微笑する。

「ああ、やはりお前はあの方に似ているなあ。」

ひょいと抱き上げ、その額に口づける。

そしてこぼれた言葉に、陽子は凍り付いたように動けなくなった。


大切に、愛し気に呟かれたその言葉。



ネコになってでも聞きたかったその言葉に陽子は満足げに微笑んだ。




〜浩瀚side〜



またあの方がいなくなった。

これで何度目だろう。

小さく息を吐き、主のいそうな場所へ赴く。

しかしいっかな見つけることのできない己に苛立っていたとき、足元から声がした。

そっと屈むと小さな猫と目があった。

ひょいと抱き上げると、居心地悪げにもがく。
そっと腕の中に抱き留め頭をなでると、瞳を薄く開き気持ちよさげにしている。

猫のその姿が陽気に当たるかの少女と重なり、浩瀚は小さく笑んだ。

小さな猫を腕から解放し、もう一度探し直そうと深く息を吸う。


気まぐれな主がどこを彷徨うか。

早く探し出したい。
己が、一番最初に。

・・・その後を望むにはいまだ早いだろう。

罪深き気持ちを隠し、完璧な仮面をかぶる。


ただもしもかなうのならば、先の猫のように触れ合いたい。
たとえそれが夢の中でも良い。

ただあの人と共に過ごしたい。


そう願わずをえない己を止めることはできなかった。

夢を見た。
ひどく美しい夜空の下で、たった一人で呆けたように座り込んでいる。
何をするでもなく、そよそよと心地よい風に当たり、
何も考えずにただそこに座っていた。

なんと暢気で優雅なことだろうか。
政務中ならあり得ないこの姿も夢の中ならば許されるのだろうか?

目を細め、鼻先をかすめる風を楽しむ。

その刹那、どんと背中にやわらかい衝撃が走った。

毛玉が当たったような感覚に何事かと後ろを振り返ると、
そこには真っ赤な毛並みの猫がいた。
今日はよく猫に会う。

そう思い、その猫をそっと膝の上に乗せた。
小さくてあたたかな塊だった。

緑の瞳がかの少女を彷彿させ、まさかとは思いふと微笑む。

そっと耳元をなでると、気持ちよさげに目を細める。
ゴロゴロと喉を鳴らす猫に浩瀚は思わず
「あの方に似ているな」とつぶやいた。

猫が不思議そうな目で見つめ返す。
その赤と緑の色彩が本当に陽子を彷彿させ、
まるで陽子に話しかけるかのように囁いた。

「どこまでも美しい方なんだ。」

その心も、何もかもが。

しかし己は臣下だ。決してそれ以上にはならない。
切ない痛みが体中を支配した。

「けれど、決して私のものにはならない。」

その言葉を猫がどう受け取ったのか、途端に不機嫌そうににらむ猫に、
そのころころと変わる表情に、浩瀚はもう一度笑った。

「ああ、やはりお前はあの方に似ているなあ。」

赤と緑。
相反するこの色彩が似合う少女。
愛しくて仕方がない存在。

その全てを胸の内に描き、そっと猫に口づけた。

「陽子が好きだ。」









夢なのか現実なのか。
はたまた天の悪戯だったのか。



キラキラと輝く星空の下、小さく切ない秘密を抱えた二人が驚いたように顔を見合わせた。
時間すら止まったように思えた瞬間だった。


「本当に貴女は不思議な人だ。」



苦笑交じりの男の声が、静かに、しかし優しくその空気を震わせた。

小さな猫がさっと通り過ぎたことにはまったく気が付かづに。




Fin





















おまけ

まったく人間というものは面倒な動物だ。
好いたならばとっととくっつけばよいものを、やれ身分だやれ周りがうるさいだのと言い訳ばかりしよって。


好いたのにくっつかなくてどうするのだ。

いらいらと大小の人間を観察し、「猫」は思うのだった。

何故あの小さい方は大きい方に声をかけないのか。
あんなにも探し歩いているのに。
とっとと出てきて一緒に散歩すればよいのに。

それにあの大きいほうも、何故あのように小さい方を探し回るのか。
あんなに必死に、あんなに服を汚して。

誰かに探させれば良いものを、何が故で己自身で探してしまうのか、わかっておるのだろうか?

簡単に導き出せるその答えに大きいほうもどうやら気が付いている。
ならば何故とっとと小さい方を捕まえないのだ?

にゃ〜
まったくもって人間とはわからない。

そして何故この大きい方はワシを抱き上げて撫でまわすのだ。

まったくもって人間とはわからん。
ふん、別に気持ちがいいなんて思ってないわ阿保が。
くそ、そこをもっと撫でんか!


・・・腹が立つから憂さ晴らしでもしてやるか。


にゃー

この一鳴きで十分。

「猫」のお膳立ても役にはたとう?

さあ人間よ、今宵はたっぷり楽しむが良い。

Fin








[あとがき]

犯人は「猫」でした。
しかしこやつは何者じゃ?
妖かしら?



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