手放すつもりはないから大丈夫





「黒崎、話が有る」
「……ここじゃ無理なのか?」

着いてこいと目で語る級友の男に無表情で聞き返すと、ダメだとあっさり返された。
正直、オレは貴族が嫌いだ。流魂街に居たときは全く関わりにならなかった人種だが、性質が悪い。何でも自分の思い通りになると思っている節がある。

ここでイヤということは簡単だけど、後々面倒だというのは過去の経験でもわかる。

「……わかった」

ため息を着きながら立ち上がると、そいつは気を良くしたらしく踏ん反り返って歩き出した。
その姿に嫌気を感じながらも、渋々後ろについていった。













「で?」

まあ十中八九アレだろうと予測は着いていたが、もしかしてと言うこともあるから尋ねてみる。


嬉しくないことに、答は十中八九の方だった。




貴族の告白ははっきり言って不愉快だ。
何で『好き』とか『愛してる』の言葉無しに『私(俺)の物になれ』『光栄だろう』なんだ?
物とかかなりムカつくし、光栄なんて思えない。


「断る」

スッパリ言って立ち去ろうとすると、やはり腕を掴まれた。
ぶちのめすのは簡単だが、卒業を間近にして退学にでもされたらイヤだし…。

引き寄せられ、唇が重なる。
深く浅く、蹂躙するような口付けは何の感慨も起こさず、ただ時間だけを奪っていく。

「ナニ…してるんですか?」

不意に狂気地味た殺気と低い声が耳に届き、押さえ込んでいた男が離れた。まあ、吹っ飛んだとも言う。

「何を怒っているんだ、喜助」
「アナタこそ、ナニをしてるんです?」

吹っ飛んだ男には目もくれず、私の手を掴んだ喜助の怒りに燃える瞳に問えば、握り締める手の力が強くなる。

「アタシは、この手を放すつもりはありません」
「……」

持ち上げられた手。

「アナタが、十一番隊を希望していると聞きました」
強く、キツく握り締められた手が、小さく震えている。

「アタシが、十二番隊になると決まっていることを、アナタは知っているのに」

最後の方には声は震えて小さくなり、顔を俯いたので表情がわからなくなる。

「アナタがアタシから離れたがっていたとしても、アタシは、放しませんからね!」
「……泣き虫」

顔を上げると喜助はボロボロと泣いていた。いつのまにかオレよりもでかくなっていたくせに、泣き虫なところは全然直っていない。
だいたい、何で泣いているかの理解が出来ない。


「友達になってくれたあの日、それにアタシがアナタに告白した日、アナタはアタシの手を取ってくれたじゃないですか。それなのに、今更」
「喜助」
「そばを離れるなんて、アタシ以外がアナタに触れるなんて!」
「話しを」
「そんなの許しません!断固拒否です!」


「話しを聞け」

一人で暴走し続ける喜助に、オレのたいして強くない堪忍袋の緒が切れたのはすぐの事だった。

とりあえず握られている手とは逆の手で頭を掴み、きっちり固定した後に笑顔で凄んでやる。ぴたりと止まった喜助にため息を一つ落とせば、また泣き出しそうな顔で、それでもしっかりとオレを見る。


「まずは入隊の希望についてだが」

オレは懐に入れていたものをがさがさと探しだす。

「オレは出していない」
「へ?」

希望書と書かれた紙を目にして、喜助は目を点にした。
希望書を出したから一護は十一番隊になったはず。だけど一護は希望書を出していない?出してないけど希望した?なら出せばいいじゃないか。
自問自答を繰り返すうちに頭の中が混乱したのか、喜助は唸り出す。
オレはといえば、きっと口に出しているつもりは無いんだろうなぁと、ぶつぶつと言っている喜助が戻ってくるのを待っていた。



「……じゃあ、一護は十二番隊に来て欲しいってアタシが言ったら聞いてくれます?」

まあ、何とか結論が出たのか首を傾げながらおずおずと尋ねてきた喜助に、少し間を開けて頷いて見せる。
パァっと明るくなった表情に、わかりやすい奴だな。と気付かれないように小さく笑った。

笑ったことに気付いたのか、それとも先程のことを思い出したのか、喜助はもう一度表情を強張らせ、オレを見た。
もともと次の話に持って行くタイミングを計っていたこともあり、オレは口を開く。

「…それと、接吻のことだが、あれは問題を起こさないための一時的な対処方だ。別に感情なんて無い」
「それでも、アタシは一護が他の男に触れられるのはイヤです」
「……」

理解は出来ても納得出来ないのか、喜助は拗ねながら見上げてくる。その真剣な瞳は、オレの反論の言を奪った。


「わかった。次からは違った対処をする」
「次なんてありません」
「?」
「虫はアタシが始末しますから」

ニッコリと言う擬音が付く笑顔だが、醸し出す気配はニヤリの方が合っている。そう思える笑顔で口にした言葉に、私は小さくため息を付く。

「始末って?」


「殺す───────っと言いたいですけど、一護サンそういうのが嫌いですから、二度とアタシの一護に手を出す気が起きないように説教します」

『殺す』の単語に眉間のシワを増やせば、喜助は予想していたらしくへらりと笑って拳を握り締めた。

「説教か…まあ、それならいいか」

口でならそれほど害は無いだろうと認めた。




























数年後

「ふ、副隊長ォォォ!」
「…聞きたくないけど」
「「「聞いてください!」」」

飛び込んで来たのは確か一人のように見えたが、目を閉じ頭を抱えている隙にどっと増えたらしい。
多分、いや絶対にまたアレの事だと確信してそのあとを聞きたくないのだが、今にも泣き出しそうなくらいに懇願の瞳を向けてくる部下の姿にそうもいかないと今日も諦める。

「はぁ。で、隊長がまた何をしたんだ?」

「昨日副隊長に書類を渡しただけなのに…」
「俺なんて挨拶をしただけですよね」
「言付けを」
「伝令を」

「……ああ、うん、わかった」

本日も、いい天気だ。
現実逃避したくなったのは近づいてきた霊圧のせい。

「いっちごさぁーんvV」
「浦原隊長」

謀ったようなタイミング。部下達には鋭い一睨みを利かせて飛び付いてきた上司に、とりあえず踵を落としておく。

「あ、愛が痛いっスよ…」

床に突っ伏した上司の背中を踏み付けて動きを制し、懲りた様子が全くない事を確認して息を吸い込んだ。


「お前は自分の仕事もせずに部下に喧嘩を売ってただでさえ溜まっているオレの仕事の邪魔をして楽しいか?ん?楽しいとか言ったらすぐに異動願を出して他の隊に替わるからなって昨日も言ったよな?つーか言わなくても繰り返すってこたぁ了承と取るぞ?ああちょうどいいオレ総隊長から隊長にならないかって言われてんだよ」

この間、聞いている方が酸欠を起こしてしまい、一護がワンブレスで言い切ったことは誰もわからなかった。

「…本当に受けようかな」
「ダメっす!アタシは絶対に許可しませんよ!」

ぽつりと真剣みを帯びた小声に足下の浦原ががばりと起き上がり、腰に抱き付いてきた。

「じゃあ、仕事はきちんとするか?」
「やります。完璧に」
「部下に喧嘩を売らねぇ?」
「売りません。絶対に」
「嘘だったら別れるからな」
「嘘なんてつきませんよ!」

それはそれは清々しいまでの笑顔で、黒崎副隊長は浦原隊長の頭を撫でていた。




「っ…!」
「………」

浦原隊長の視線が副隊長の顔から離れた途端、笑顔が変わった。
驚いて声を上げそうになったが、副隊長はそっと人差し指を口に当ててみせ、俺は口を押さえ声を飲み込んだ。


この隊に入って、浦原隊長の黒崎副隊長へのただならぬ執着と独占欲を感じていた。それは一方通行なものだと、副隊長は仕方なく受け止めているのだと、思い込んでいた。だけど違った。あの嬉しそうな笑顔は執着と独占欲を望んでいるのだと語っているようだった。

お互いを同じ強さで、想い合っているのだと俺は気付き、そっと皆と共に隊首室を後にした。



END




(お題配布:コ・コ・コ様)








2006/06/18



あきゅろす。
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