初恋物語

それは、出逢い。



不意に視界に入った夕暮れの空の色に、俺の身体は動きを止めた。

ぼんやりと空を眺めているように見えるのに、ソイツは人混みの道を誰にもぶつからずに進む。
ただ、目がその姿から離れなくて、近づくことに気付いていながら、


「ッ!!……あっ…」
「ア!!?」

自分からぶつかりに行ってしまった。

上がった小さな疑問混じりの声に意識を取り戻したときには、自分が大地に座り込んでいた。


「大丈夫か?」
「……ああ」

差し出された手を取り立ち上がり、自分の姿を思い出す。

『死覇装』

死神の証であるそれを纏ったままだった。
ああ、だから皆が頭を下げてコソコソと、どこか怯えたように横切っていたんだ。

「悪かったな、油断していた」

ぼんやりと考え込んでしまっていると、クシャリと頭を撫でられた。
顔を上げた俺の瞳に写るのは流魂街の者にしては上等の藍色の着物。
死覇装では無い。
貴族かと思ったが、驕ったヤツラがこの街に出てくるはずも無い。

ならば?

「おーい、やっぱりどこか痛むのか?」
「………」

クシャクシャクシャクシャ

「おチビさん、聞いてる?」
「チ!」

返事をせずにいると、コイツはさらに頭を撫でる力を強め、髪をグシャグシャにしようとする。
それよりも、その発せられた言葉にピキッと眉間にシワが寄った。

「血?やっぱり怪我をしたのか?」
「…違う」

怒鳴り付けようとして止めたのは、コイツの年齢がわかりかねたから。
確かに自分よりも背は高いし、年上だったら仕方が無い。
そんなことを考えているうちに検討違いなことを問われ、怒気が削がれる。

「そっか……あ!」
「あ?」

「…悪い、急用が出来た。お前、後で不都合が有ったら五番隊に来てくれ!」
「は?」

急にあらぬ方向を見たかと思えば、目を細めて逆方向へと走り出す。
気になる言葉を聞き返そうとした時には、その色を見つけ出せなかった。






初恋物語










「五番隊…」

他隊に行くことは書類を届けたりと別に珍しくは無いが、この隊だけは来たことがなかった。
外部に噂が流れることも少なく、俺が三席に抜擢された騒ぎの時も副隊長のみが姿を現し(その時雛森がそこまで知りたくネェってくらい細かくそいつの紹介をした)、隊長のみならず席官も姿を見せなかった。

「あの身のこなしだと…席官だよな?」

夕暮れ色の女を歩きながら思いだしてみる。

「あれ?シロちゃん?」

前から不思議そうな声をかけられ顔を上げれば、雛森が書類を持ちながら目をパチクリしていた。

「どうしたの、五番隊(ここ)に来るなんて珍しいね」

とことこと小走りで近づいてきた雛森に、面倒なやつに捕まったと思う。

「別に大したことじゃねぇ」

ぶっきらぼうに答えれば、ふ〜んと納得してないような相槌を打ち、雛森はで?と繰り返す。

「だから大したことじゃ「君は…日番谷君?」

やっぱり納得しねぇのかよとツッコミを入れたくなるのを堪えて同じ答えを返そうとしたとき、後ろからの声に遮られる。

「藍染副隊長!」
「……」

聞き覚えがあると思い、確かめるために振り返ろうとすれば、その前に雛森が目を輝かせ嬉々とした声で名前を呼ぶ。そのため、確かめるのではなく挨拶するために振返り、ぺこりと頭を下げる。

「ちょうどいい。二人とも、隊長を見なかったかい?」
「は?」
「またですか」
「ああ…困ってしまうよ」


藍染五番隊副隊長は俺の挨拶に笑顔で返し、少し考え込むように黙った後そう切り出した。
思わず気の抜けた声を上げてしまったが、どうも二人が気にした様子は無い。

「すみません、私は見てないです…」
「そうか。日番谷くんは…」
「つーか、俺この隊の隊長と会ったことないんで」

そんな二人に俺も驚いていた気が削がれ、敬語も忘れて答えてしまう。

「「………」」
「そうなの?」
「ああ、そうだったね」

雛森が驚いた顔をしているので、もしかしたら知らないことは変なのかと眉を顰める。しかし、それも藍染が納得したように言うまでだ。

「仕方ないか…それじゃあ僕は探しにいくから、見かけたら総隊長が呼んでいたことを伝えてくれ」

「はい」
「いや、だから」

俺、あんたのところの隊長知らねぇと言葉を続ける前に、藍染は瞬歩で姿を消した。



「喧嘩売られてないか?」
「え?どうしたのシロちゃん」

ぽつりと漏らせば、雛森が首を傾げる。

「…なぁ、五番隊の隊長って」
「桃、イヅルを見なかったか?」

チクショー…また話しを遮られた。肝心な話しを切り出そうとすると邪魔が入り、そののんきな声に苛立ちを感じたまま振り返る。
新人でも俺は三席だから、大抵のやつらよりは上官になる。さっきは副官である藍染だったから仕方ないが


「オマエ!」

振り返り、俺はその人物に目を見開いた。

夕暮れ空色の髪に琥珀の瞳、違っているのは纏うのが死覇装に変わっただけ。そこにいたのは、当初の目的だったあの女だった。

「ん?…んん?あ〜……おチビさん?」
「ッ……」

女は俺の声に反応して視線を俺の方へ向ける。始めは完全に誰だ?と疑問的に、次はどこかで見たような…と記憶を探るように、ポムッと手を打ったかと思えばよりによってその呼び方。
怒鳴らなかった自分を褒めてやりたくなる。

「なんだ、やっぱり何かあったのか?怪我か、骨折か?」
「違っ…」

頭をクシャクシャと撫でながら尋ねてくる女に慌てて否定の言葉を上げるが、そこで言葉に詰まってしまう。そう、女は何かあったら来いと言ったのだが、俺は怪我も何もしていない。理由がないのになぜか来てしまったのだ。

なんで、わざわざ…

「おチビさーん?」
「日番谷冬獅郎」
「ん?」

黙り込んだ俺を不思議に思ったのか、腰を屈めて女は俺を覗き込んでくる。その目を見たとき、零れ出したのは自分の名前。

「俺の名前は日番谷冬獅郎だ」

おチビさんじゃねえと言外に言って見せると、女は先程の俺のように眉を顰める。

「君が…天才児?」

ギリギリ聞き取れるような小さな声はどこか冷たく、視線は探るようなものに変わっていた。

「……なんか悪いのかよ」

急に変わった女の態度に、俺は戸惑いを隠すようにぶっきらぼうに答える。

「別に……天才ねぇ」
「ッ…!だ、天才なんて他のやつらが勝手にそう言っただけで俺には関係ネェだろうが!」

目を細め蔑むように見下され、俺は虚勢を張ることすら苦しくなって叫ぶ。
だいたい、俺が努力したことも何もかも、その言葉一つで無かったことのように扱われたのだ。否定することすら許されない雰囲気に、甘んじて受け入れるしか無かっただけだというのに、なんでそんな風に言われなくてはならないんだ!


「……なんだ、そうだったんだ」

叫ぶと同時に女の表情がころっと変わる。まるで、さっきまでの冷たい眼差しが幻覚か何かかのような、気の抜けた朗らかな笑顔。

「あはは、ゴメンね〜。私努力しないヤツが大ッ嫌いだから、ついね」
「シロちゃ…日番谷くんは努力家ですよ」

笑顔で語る女に、今まで黙っていた雛森が俺を援護する言葉を言う。

「そっか〜努力家かぁ。うんうん、いいことだね。若いうちの努力は買ってでもしなよ」
「……」
「いや、本当ゴメンねぇ。噂で天才天才と聞いていたらなんかイメージ固定しちゃってさ、会わずに判断することは良くないってみんなに言ってる癖にね、反省反省っと」

髪を指に巻きつけ、苦笑いしながら女は俺に謝罪してくる。

「別に、誤解が解けたならいい」

嫌いなものの一つや二つはあるだろうし、謝ってくれたから別にもういいだろうと冷静に思いながら、心の奥底ではただ誤解が解けたことにほっとしていた。

「嫌われなくてよかった…………ッ///」

誰にも聞こえないような小声でのひとり言に、俺は自分が女に対して持ってしまっていた感情に気付き、火が着いたように顔を赤くしてしまう。

「シロちゃん?」
「冬獅郎?」

「っ、な、なんでもネェ!」

雛森と女が急に赤くなった俺を心配した眼差しを向けてくる。
思わず合ってしまった視線に、心臓がドクリと音を立てて激しくなり、耐えきれずに俺は逃げ出してしまった。


















「ッ……ま、マジかよ…」

部屋に駆け込んで戸を閉めたところでやっと落ち着きだし、改めて頭を整理しようと試みる。

女は年上で、俺よりも背が高い。
…しかも名前も知らない。


だけど、このどうしようもない鼓動の速さは明らかにそれを示していて、

「っ…///」


名前も知らない女に初恋なんて…






END


◇アトガキ◇

あれ?シロちゃん→一護隊長?
しかも一護隊長お名前が出てこない…



葵様申し訳ありません!どうしてもこのシリーズではここまでが限界のようです。長らくお待たせしてのこの体たらく、……返品可能ですので!(逃)
















「…どうしたんだ?」
「さあ?…あ、隊長。藍染副隊長から総隊長が呼んでいたとの伝言を承りました」
「……あ、ああ、うん、わかった。ところで、イヅル見なかった?」
「吉良くんなら今日はお休みですよ」
「……あのさ桃、裁縫箱の場所知らない?」
「……ごめんなさい。私…」
「…ううん。気にしないで」




追い掛けっこで隊長羽織を破ってしまったので繕おうとしたけど、裁縫箱の場所がわからずイヅル探索…しかしイヅルは有休中でしたというお話。










2006/08/28



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