第一章・狐&狸@
起きてみると、そこは部屋の中だった。

『しかもギンと同じ籠の中…』
『ん……なんやあったかぁ………ここどこなん?』

ボケた顔をして起きたギンに冷ややかな視線を送ってやると、やっと僕に気付いたらしくあからさまにイヤそうな顔をする。

『なんでオッサンと一緒に寝とるん』
『それは僕が聞きたいよ。だいたい君のせいでこんな目にあってるんじゃないか』
『ボクまで巻き込むから大事になったんや!オッサンが一人だけなら現世に落ちるなんてことになってもボクが知っとるからどうにでもなったんに』
『巻き込む云々は僕のセリフだよ』

言い争いに夢中になっていたからか、それともこの体のせいなのか、部屋に僕たち以外の、第三者が入って来ていたことに全く気付かなかった。

「オイオイ、喧嘩すんなよな。仲良く倒れていたくせに」

僕たちの間に一人の少年が割り込んできた。どうやらこの部屋の主で、僕たちを此処に運んだ……運んだ?




僕はじっと少年を見た。茜色の髪に琥珀の瞳。肌はあまり焼けておらず、かといって不健康には見えないくらいには焼けている。本当に、男にしておくのが勿体ないくらいに愛らしい。

──ではなくて。運べるということはこの少年、僕たちを見るだけじゃなく触れるというのか?

いくら身体が変化したといっても僕たちは霊子体だ。余程の霊力がなければ触れることはおろか、見ることさえ出来ないはず。


ギンを見れば僕と同じように観察するように少年を見ている。

「…?まぁいい、ほら餌だ、食え」

少年はそんな僕たちの視線に気付かず、皿を差し出してきた。
それは、ねこまんま。つまり汁掛け御飯だった。

まあ、見た目が見た目なのだから仕方がないと思うが、こんな食事は久方ぶりだ。

『いただきまぁす♪』
『ギン?!』
『ん?なんや藍染はん食べんのならボクが全部食べたげますよ』
『な!』

空腹なのは同じだ。
ギンの言葉に全てを吹っ切れ、僕は三日ぶりに食べ物を口にした。










『なんや視線を感じる…』
『彼が見ているからね』


満腹になり落ち着いた体で横になると、痛いくらいに視線を感じ、ぼやくように呟いた。
その呟きを聞き止めた藍染はそんなことも気付かないのか、と言わんばかりに見下した目でギンを見る。


『…なんや?キミ、ボクに何か用があるんか?』

尋ねてみるけど答は無い。やはり言葉は通じないみたいだ。

『狐の言葉を人間の彼が解るわけ無いじゃないか』

相変わらず口煩いオッサンやな…と、ギンは声に出さずにぼやいた。




「よし」

『『は?』』


黙り込んでいた少年が急に立ち上がり、スタスタと部屋を出て行った……のもつかの間、すぐに戻ってきた少年はギンと藍染をガッと抱き上げ、部屋の外に連れ出したのだ。


「鳴くなよ、いや吠えるなか?」

階段を降りたところで、彼はキョロキョロと辺りを見渡した。

『挙動不審や』
『確かにね』

吠えるなと言われたので、小声で会話しているとあるドアの前で彼は立ち止まった。

何をと考える間もなく、さらに奥の部屋に投げ込まれた。

『イタァア!』

不様にも頭をぶつけて叫び声を上げたギンに冷たい視線を投げ掛け、藍染は辺りの確認をした。

『浴室か?』
『…それ以外に見えたら眼鏡曇っとるんやないですか』
『眼鏡はかけていないよ』
『せやったら眼鏡が無いから見えないんですね』
『あの眼鏡は伊達だ』

『あぁ、そ……』

突然ギンが口を閉ざし、藍染の後ろの方を見上げて阿呆面を晒した。
見上げているということは、おそらく先程の彼が入って来たのだろうけれど、何をそんなに驚いて…

『『!?!?!』』

タオル一枚を腰に巻いて入ってきた彼の胸元には間違いなく膨らみが有った。いや、行動や口調、服装で僕が勝手に男だと判断しただけで、彼は彼では無く彼女だったということだったのだ。

『オッサン、この子…』
『僕としたことが、性別を見極められなかったなんて…』

頭をフル回転で働かせてどうにか落ち着こうとするが、予想外の出来事で喰らった衝撃は大きい。

『だいたい、何故女性なのにタオルが腰巻きなんだ!』
『いやぁ、でも小振りやけどえぇ形しとるやないですかぁ。あれですね、美乳って奴』

混乱している藍染を尻目にギンはニヤニヤと笑いながら(外見上に変化無し)惜しみなく胸を出したままの少女から目を離さなかった。
その視線に少女は気付いているようだが、まさか中身は列記とした人間であるとは考えるはずも無く、不思議そうに首を傾げる程度だった。

『死神やったらすぐにボクの隊に入れて手取り足取り胸取りで育ててあげるんになぁ』
『…ロリコンだったのか?』

現世で言う中学生くらいの少女に対してワンブレスで言い切った元部下、現変態に汚物を見るときと同じ視線を向けてやると、失敬なとでも言いたげな視線を返してくる。

『ロリコンなんオッサンの方やないですか?雛森ちゃんなんて、この子より見た目年下やないか』
『彼女をそういう風に見たことなんて一度も無いよ』
『ほんまですかぁ?』
『ああ、微塵も無い』

焦ったり怒鳴ったりしてくれれば面白いのだが、こうも淡々と言われては疑う気も失せてしまう。

『せやったらこの子にも興味無いですよね?』
『…………』

何故無言になる?!とツッコミを入れようとしたその時、

ガシッ

ジャアアァ
キュッ


ボチャン

「!!!……お前、汚れ過ぎだろうι」

首根っこを掴まれ洗面器に落とされ、頭上からは呆れかえった声が降り懸かってきたのだった。



あまりの呆れかえられぷりに、ギンは予想以上にショックを受けていた。まぁ、気に入った少女に汚いと言われればそれも仕方なく感じる。

まあ、汚かったのは本当だ。自業自得だな。




『なっ!』

首根っこ再び。

掴まれたと自覚したときには水の中に落とされていた。
唯一の救いは水が綺麗なものに変えられていたことか。

いや、それよりも、彼女は動物の扱いを知らないというか、力加減をわかってなさ過ぎないか?
水が入ったせいの眼の痛みに動揺していると、

「……はあ、お前は大丈夫か」

抱き締められた。
身体に触れる柔らかさにハッとして、軽く触ってみる…確かに弾力性は素晴らしいと感心した。

『何しとんのやオッサン!』
『…五月蝿いな』

もう少しその感触を楽しんでいようと思ったのだが、ギンが五月蝿く吠えた為に少女は僕を離した。何か、とんでもない風に考えられているように感じるのだが。

『何触っとるねん、このエロオヤジ!変態!!』
『自分が汚いと言われたからといって八つ当たりは見苦しいよ』
『うっさいわ!』

「まあ、狸が先だな」

ああ五月蝿いなとそっぽを向いて聞き流していると、頭上から声がかかり、泡立てられた石鹸をつけた手でゴシゴシと洗われ始めた。
普通の動物はなんでこんな気持ちいいことを嫌がるんだろうなぁ…。

シャァアァとシャワーをかけられ、泡が綺麗に流される。これで終了なのか抱き上げられ、浴槽にそっと下ろされた。
狸というのは身体が浮くのか不安だったので縁に首を乗せてみる……どうやら大丈夫のようだ。
ああ、やはり温かいお湯に浸かるのは気持ちいいものだ。目の前には磨けば光る少女が隠しもせずに裸体をさらけ出しているしね。

『うっわぁ…なんつー邪な眼差し』

品定めをするような視線に気づき、ギンは嫌悪の眼差しをむけた。

ロリコンの気は無いとかほざいたくせに、最悪や。
わかり易く無視をする藍染にギンは見ていた瞳をきつくする。

「さて、問題は……」

『ん?のあッ!!??』

急に陰ったかと思えば、首をガシッと押さえ込まれて思いっきりシャワーをぶっ掛けられた。

『イタイイタイ、ほんまにイーターイー!!!』

強められたシャワーは刺すような痛みを伴い、さらに押さえられた首がまた痛いし、叫べば叫んだだけ水が口に入って苦しいし、

『…本当に五月蝿い狐だな』
『うっさいこん狸ブハッ!』

ぷかぷかと浮く狸は見下した目で見るし、最悪やぁああああぁ!!!!




『う〜痛いわ…』

痛みを伴った洗浄(いっそ戦場)に加えて藍染との言い争いで、ギンはぐったりとしてしまっていた。
目の前にはおいしそうな子が無防備におるんに、何もできへんし…

ちらりと横目で少女を見れば、バチッと目が合う。

「せっかく綺麗な毛色してんだから、汚すなよ」

目が合う位置まで持ち上げられ、子どもに言い聞かすような言い方で言われた。
褒め言葉や!

色んな女から髪の色を褒められたが、こんなに嬉しくなったことはない。この少女だから…


「何だ、お前もオスなのか?」

あかん…嬉しゅう笑いが止まらないと思っていたら、衝撃的なことをあっさりと言われてしまう。

……み、見られ…


「狸もオスだったよな」

ギンが思いっきり動揺して硬直していると、浴槽にぷかぷか浮いていた藍染もまた少女の言葉に固まったのだった。






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