手折られた華

「はじめまして」

その人は、警戒心をあらわにした私に対しても表情を変えず、ただ穏やかに笑んだまま言葉を口にする。


死覇装の上に纏った白の羽織が、風も無く揺れた。





手折られた華





「一護」
「……夜一さん?」
「なんじゃ、寝ぼけた顔をしおって」

何か夢を見ていた気がして、だけど思い出すことは出来ない。まぁ、夢なんてそんなものか。
そう結論づけると私は身を起こした。夜一さんの怪訝そうな眼差しを感じながらも、ゆっくりと手足を伸ばす。
痛みは無い。体力も回復している。

「……行けるか?」
「うん。ルキアを助ける」

夜一さんの言葉に頷き、目を閉じて大きく深呼吸を一度し、心を決めて目を開ける。


そう、そのために私はここに来た。


迷う時間はもう無い。


「ほれ、卍解祝いだ」

渡されたのは昨日説明されたマント。軽く渡されて私は苦笑いをする。


「そんな簡単にあげちゃって良いものなの?」
「一護だから構わぬ」


どういう定義なのかはわからないけど、便利だしいっか。


「夜一さん。私は行くから…ありがとう」
「ふん。そんなものが無くとも儂はすぐに追い付いてやる」

もしかしたら戻れないかもしれない。いくら卍解を手にしたといっても、相手もすでに持っている力にすぎない。だから、今言うしかないんだ。

私の弱気な心を見抜いたのか、夜一さんは口元に笑みを浮かべて甘く見るで無いと強い瞳で語る。

「うん」

私は斬月に一度触れ、強く地を蹴った。
















『おいで』








「此処は…?」

こんなこと、有り得ない。
私は今の今まで空が見える双極の丘に居たというのに、やっと白哉に勝ち、ルキアを助けられたと思ったのに……まさか、夢だったと言うのか?
しかし、夢から覚めたとしたら此処は何処だ?







見覚えが無く、妙に寒い部屋。






「また会えたね」
「ッ!?!?」


目の前に立たれているのに、私は声をかけられるまで、その存在に気付かなかった。

凍りついた部屋の、唯一とも言える色【赤】に染まる二つの小さな身体。
私自身が立っている部屋の惨状にすら、私はその瞬間まで気付いていなかった。



「朽木君との戦いを見て、とても気に入ったよ」


呆然と自分に起こった異変に思考を奪われていると、男は手を伸ばして私の髪を一房掬い上げ、愉快そうに眼鏡の奥でその瞳を細めて見る。





【逃げろ】




本能が警告音を鳴らしているのに、体が、指の一本でさえ動こうとしてくれない。


「美しい華は好きだ、棘を持つ華はさらに愛しい」

男の手が、脇の斬魄刀を握る。


【逃げろ】












【逃げろ】


















【逃げるんだ!】

















「鏡花水月」













「一護ちゃん!」
「ッア?!」

目を開けると涙ぐんだ織姫の顔が間近にあり、頭をぶつけてしまう。

かなり痛い…!


「イタタ。あ、一護ちゃん大丈夫?」
「あ、うん……」

今のは夢だったの?……今の夢?アレ、どんな夢だっけ?


ぶつけた頭を摩りながら、衝撃のせいか忘れてしまった夢の内容に首を傾げた。
まあ、忘れたならいいか。


「あ……ルキア!」

恋次に任せたとは言えやはり心配で、そうだ、追い掛けようとして倒れてしまったんだった。

そう、倒れて…。




あれ?なんか、頭に霞がかかったように、思い出せない。










「一護?!」
「ルキア、恋次?!」

双極から走って行ったはずの二人が、何故ここに?








『さぁ、始めようか』

空気の震えが起き、頭の中で声が聞こえた。









「な、何をしておるのだ、一護!」
「クッ…!何ふざけてんだよ黒崎!」


悲痛としか言いようの無い声で、朽木ルキアは叫び、阿散井君は彼女の攻撃をどうにかかわしながら、動揺を隠しきれない様子で声を荒げる。


「一護ちゃん!」
「一護!」
「黒崎!」

三人の旅禍は信じられないといった瞳で彼女を見つめる。


「グッ…!」
「恋次!」

遂にかわしきれなかった刃が肩を斬り、阿散井君は膝を着いた。
彼女はとどめを刺そうと斬魄刀を振り上げたが、振り下ろす前に朽木ルキアが阿散井君の前に庇うように出た。

弛緩した身体であれだけ動けるとはね…。



「一護、もういいよ」

既に阿散井君は戦えない。目的である朽木ルキアと旅禍達は霊圧に当てられ逃げ惑うことすらできない。

一護が斬魄刀をしまい一歩後ろに下がるのを確認して、僕は朽木ルキアに近づく。

「……いちごに、なにを、…した」

拘束の首輪を掴み持ち上げると、唇を震わせながら僕を睨みつけてくる。

自身の身のことよりも彼女のことを気にするなんて、それほどまでに特別な存在なんだね。


朽木ルキアにとっての黒崎一護は。



「気に入ったんだよ、僕の隣にいるに相応しい存在としてね」


崩玉を取り出しながらの言葉が朽木ルキアに届いたかは知らない。
そして、崩玉の無い存在に興味など無い。

「これが崩玉か」

手の中に納まるそれを眺め、容れ物だった朽木ルキアを見る。

「殺します?」
「ああ……………いや、必要ない」

神鎗を構えたギンに一度頷いたが、茜色が視界に入り判断を覆した。
これでも君には感謝しているんだよ、朽木ルキア。彼女を目覚めさせ、この世界、僕の前へ連れてきたことに。


「一護」

呼んでやれば僕を見る。
その彼女の瞳に光は無い。そう、ほんの少しの間だけ操っている状態だ。
完全に催眠をかけてしまうことも可能だが、自らの力で絶望に堕ちる彼女をぜひ見てみたい。


「そこの邪魔な虫を始末しなさい」
「…!」

指の先にいるのは彼女と共にやって来た旅禍達。


「……………一護、ちゃん?」


三つの身体が大地に崩れ落ち、地と彼女を赤く染める。

「………………あ、あぁ…!」

赤い
赤い





「っあ…」
「衝撃が強すぎて暗示が解けかけてますよ」

彼女は己の赤く染まった手を見て短い息を繰り返し、琥珀の瞳を揺らす。

その様子に知らず口元に笑みが浮かび、朽木ルキアを落として彼女に近づく。


「そこまでだ!」

懐かしい顔が首に刃を突き付ける。

「これはこれは」

辺りを囲むように見知った顔が並ぶ。
誰もが怒りと疑問、そして勝利を確信した表情を見せる。


「あ……わたしは…」
「一護?」

だがその中で最も近くにいた四楓院夜一は、一護の尋常では無い不安定さに気を逸らす。

「一護」
「ッ!」
「なっ?!」

そのままでも時間は間近だったので構うことは無かったが、何故だろうか、気まぐれかもしれないが見せつけてやりたくなった。




(何を?)


一護を呼べば暗示が再度掛かり、僕の願い通りに夜一に斬りかかる。間一髪で避けた夜一は目を見開き、僕の腕に納まった彼女を凝視する。


(決まっている)


「時間だ」

落ちてくる光りに包まれ、僕は笑みを深めて彼女に口付けた。



(彼女を手に入れたのは
この僕だと)


「………ッ!!」

暗示が解け、正気に戻った彼女は目を見開き、僕の胸を押して体を離させる。

「放せ!」



(僕以外が彼女に触れることは
手に入れることはもう
絶対に出来ない)



暴れようとする彼女をキツく抱きしめ、その動きを制限する。


「はな…せ」
「僕の隣以外のどこに、君の居場所があるんだい?」

なおも身を捻り逃げ出そうとするから、顎を掴み耳元に口を寄せ、優しく諭してあげる。
見開かれた瞳は疑問を浮かべ、身体の力を抜いて僕の次の言葉を待つ。
そこで抵抗の力を抜いてしまう、そんな幼さも、壊しがいのある君の一部。

「ほら、君は、自分で、居場所を捨てた」

血に濡れた君の手を優しく包み込むように掴み、指を君が居場所と思っていた塵達へ。
君の目はゆっくりと肘から手首、血に濡れた自身の手で一度止まり唇を震わせ、これ以上は進みたくないと訴えるような脅えと恐怖を混ぜ合わせた瞳は、赤い大地へたどり着く。

「あ…」

思い出すのは、絶望唯一つ。


「ね?僕の隣にしか、君は存在を許されないって、わかっただろう」

涙を流す事すら出来ないくらいのショックに身体を小刻みに震わせ、呼吸すら、億劫になりだす。


「ふふ、愛らしいよ、僕の華」

ガクンと意識を手放し力が抜け折れた膝、足元に崩れ落ちた茜色。
広がった髪は本物の華のようで、笑みが零れた。











気紛れと偶然に手折られた華よ
君が望む全てを用意しよう


住みやすい居場所
綺麗な水
美味しい肥料

望むなら永遠の美しさと命を

そして


この僕の愛を






その代わり
君はこの僕のモノ


僕の隣を離れるな
甘い香りを
甘い密を
得るのはこの僕唯一人











後書き

お題部屋10000打キリリク小説、藍一連れ去り話でした。
なんか、話が飛び飛びでスミマセン。
物凄く長くなったので削っていったらこのように…また機会があったら補完したいと思いますι


桜馨子様、リクエストありがとうございました。3ヶ月もお待たせしてスミマセンでした。







2006/5/23



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