決別
プールに張られた水の中に居るような緩やかで柔らかな時の流れに、温かな腕の中に守られていると錯覚しそうになる。

「ヒドイ風・・・禍の刻?」

盲目の己には気付けない何かが、盲目の己だからこそ気付ける何かが動き出そうとしている。


「・・・左陣さん」

彼の毛を編みこんだ髪飾りに触れ、長らくの任務を終え、戻ってきた瀞霊廷を見えぬ瞳で見上げた。





決別






「黒崎十二席」

瀞霊廷に入った時もそうだが、隊舎は非常に慌ただしく、普段ならばそこにいるはずの人物の霊圧も感じとれなかった。
不思議に思い首を傾げれば、隊士の秋峰が私のことに気付いたらしく駆け寄ってくる。

「秋峰さん?何かあったんですか、この騒ぎは?」
「それが、・・・旅禍の侵入に重なり藍染隊長が・・・ッ!!」
「藍染隊長がどうしたんですか?」

「・・・何者かに、殺害されました」
「・・・そんなバカな?!」

泣きそうになった秋峰は、それでも歯を食いしばって告げた。
その言葉は、想像の出来ない事だったため、思わず声を荒げてしまう。

「・・・卯ノ花隊長が確認されて、今隊長と東仙隊長が向かって黒崎さん!?」
「ッ・・・!」

秋峰の声は気付いていたが、先程の風とこの早く刻む鼓動に嫌な予感がフル稼働して足を止められない。
瞬歩で向かった先は四番隊。
左陣さんたちが居るはずの場所。

【藍染惣右介】が誰かに殺されるなんてこと、そんなことを出来る者がいるなんて信じられないのだ。


「一護?!」
「君は!!」

「違う・・・コレは違う!!」

部屋に飛び込んだ私に、左陣さんと東仙隊長が声を上げる。
その声に答えられなかったのは、卯ノ花隊長の前に横たわっているモノが予想通り、いや予想外だったから。


「左陣さん、コレは」
「黒崎くん!!」
「ッ!?」

言葉を告げようとして遮られた事に、その人が東仙隊長だった事に、私は息を飲まざるを得なくなった。
だって、それは・・・その事実が導き出す答えは・・・


一つしかないから。


「どうして・・・どうしてですか東仙隊長!!」
「一護!!」

東仙隊長に掴みかかった私は左陣さんと、後ろから現れた射場さんと檜佐木副隊長に押さえられる。

「落ち着くんじゃ一護!」

射場さんの声は耳に届いている。
だけど、

【藍染惣右介】が死んだ振りをする理由。
それを東仙隊長が左陣さんにまで話さずに居るという理由。

神経がピリピリする。

「一護・・・クッ…隊舎牢へと連れて行け」
「隊長・・・」
「言うな鉄左衛門」
「は。承知いたしました。一護・・・」
「・・・ッ、左陣さん」
「・・・」

左陣さんの声が僅かに震えていた。
ここで引いてはいけないと思っているのに、その声に体が動きを止める。
何より、隊長命令を無視する事は許されない。


「一護、大丈夫かいの?」
「・・・大丈夫です。射場さんは左陣さんをお願いします」
「わかっとうけど」
「お願いします」

いつも通りの笑顔と言葉にに安心したのか、射場さんは見張りすら立てずにその場を後にする。
残されたのは私一人。

「左陣さん、ごめんなさい」


おそらく、この封印を解いて力を扱えるように体が慣れるまでに掛かるのは3日。

そして、一度解いてしまえばもう二度とかけることは出来ない。

左陣さんとの、みんなとの決別に、なる。

でも、護りたい。
護って消えよう。

【一護】の名に相応しい生き様を、どうか・・・

取り出した笛を口に当て、ゆっくりと息を吹き込む。



「一護?」

人よりも優れた聴覚を持つ狛村のみに届けようと、静かに、あの日であったときに演じた唄を。

















「やっぱり、ここか・・・」

中央四十六室が居る中央地下議事堂。
防壁越しでもわかる酷い死臭・・・

「七番隊・・・」

十二席と言おうとして、私は一人首を横に振る。

「黒崎家当主黒崎一護として開門を命じる」

装置が作動し、鈍い音をたてて扉が開いていく。

「驚いたなぁ・・・キミ何者なん?」

じっと探るようにこちらを見ていたことは気付いていた。

「市丸隊長」
「七番隊十二席の黒崎一護。狛村隊長の奥さん言うのは東仙はんから聞いたけど、それだけやったらこないことできるわけあらへんよなぁ」

藍染の副官であった彼が、東仙隊長すら関わる藍染の計画に関与していないはずはなかった。

「私はこの地下議事堂を作り出した家の当主です」

この瀞霊廷の全ての扉は、この声と霊圧が鍵となって開く事が出来る。

「へぇ・・・そない権限あるんや・・・なんで知らへんのやろう」
「藍染が知らないのは当たり前です」
「・・・ほんまに驚きや。キミ、どこまで知っとるん?」
「何を企んでいるのかはわかりません。だけど、左陣さんたちを何らかで裏切ろうとしている事はわかります」
「知りたい?」
「知るよりも、止めさせてもらいます」
「おもろいなぁ・・・ええよ、入って行きィ」
「何を考えて」
「ボク、おもろいことなら何でもえぇんや」

その声からも、気配からも市丸の考えは全く読めない。
だけど、ここで邪魔をされるよりはマシだと考え直して中へと足を進める。
背後からの市丸の気配に気を配りながら、死臭漂う部屋への扉を開けた。

そこには誰もいなかった。
あるのは四十六室の死体だろう。
血臭が薄いということは、予想以上に早いうちに殺されていたという事。


「こんな事をして、一体何が目的なんですか藍染隊長?」
「予想外の速さで任務を終わらせてここに辿り着くなんて、不思議な子だね黒崎くん」

考えにふけっていれば、奥から隠す気のない霊圧で藍染が姿を現した。

「たかが十二席一人では対処の出来ない虚だったはずだが?」
「そうですね。下級の巨大虚と言われていたアレは大虚でした」
「それを君は予定より早く倒した」

すでに限界まで封印は解かれている。この男が今の私の霊圧に気付いていないはずはない。

「盲目の私を遠ざけたのは、それが貴方の斬魄刀の能力だったからですね」

グンと圧し掛かるように霊圧が高められる。
その霊圧は羊の皮をかぶった狼のように襲い掛かってくるが、苦になるものではない。

「僕の霊圧を苦にしないとは興味深いね・・・」

藍染の後ろで、市丸が斬魄刀の抜いた。

「斬月!」
「射殺せ 神鎗」

ギィンと、刃のぶつかり合いで金属の音が響く。
急な攻撃に体制を崩し、四十六室の死体にぶつかる。
死臭が身体につき、ドクンと体の奥でアレが目覚めさせろと蠢く。

「やっぱ目が見えへんとキツイやろう」
「ッ!」

瞬歩で近づいてきた市丸に、対処が遅れて左腕を切りつけられる。
痛みに表情が歪んでしまったが、歯を食いしばって後ろへと飛びのき鬼道で傷口を塞ぐ。
やはり強い。
市丸や藍染が本気で戦ったところなど見た事がなかったために予想でしかなかったと、その実力は刃を交えてでしかわからないと、今更ながら気付かされた。

「ッ、月牙天衝」

負けるわけにはいかない。
その気持ちと霊圧を乗せて打ち込めば市丸が横に飛び退き、天井にぶつかった撃は建物を揺らす。

「ほう・・・素晴らしい。だが全力じゃないだろう?」

背後からの声に振り返れば、間近に迫る藍染の気配。
後ろに下がろうにも、そこには市丸。

「左陣さん、ごめんなさい」

最後の最後まで足掻いていた。
もしかしたら
どうにかすれば
これさえ、外さなければ


貴方の元に帰れる


甘かった。




チリリィン...

貴方を感じられる髪飾りを外し、手放す。
それだけのほんの数秒の出来事が、長い時に感じた。


「天鎖斬月」

光を得た瞳は、藍染と市丸の驚愕を写す。
どうせなら、貴方の姿を写したかった。
だけど、貴方にこの姿は見せられない。

白い死覇装に、漆黒の刀。
頭の上には在ってはならぬ仮面。

「ああ、なんて美しい金の瞳だ」

藍染の口元に笑みが浮かぶのを見て、私は眉を顰める。

「ギン、変更だ。彼女は連れて行くよ」
「ムリやないですか?」
「どうにでもなるさ」

「ふざけるな!」

藍染と市丸の会話に、私は斬月を強く握り締める。

より強く、より速く
敵を打ち消せ

その霊圧を乗せて撃った斬撃は、儚くも藍染の手を傷つけただけで消え去った。

「クッ」
「久しぶりに血を見たよ、一護」

瞬歩を駈して攻撃を仕掛けるが、すべて藍染の斬魄刀で止められてしまう。
これほどまでに力の差があるというのか?
不安と焦りが頭を過ぎり、動きが鈍ってしまった。

「狛村くんには勿体無いね」
「くアッ!!!」

斬り付けられたと、頭が理解した。
だけどそれより早くアレが私を中へと引き摺り込んだ。


それは、最低最悪の別れ。



そこに在るのは一枚の鏡

『イチゴ、一護...』
「邪魔をしないで」
『一護、あたしの一護』
「違う。私は私のものだ!」
『大好きな一護。可愛い一護。あたしをここから出して』
「ダメ。そんなことは絶対に出来ない」
『一護を奪った男を殺してやるの。あたしの一護を奪ったアイツを』
「許さない!左陣さんをお前に傷つけさせたりしない」
『...一護、でも貴女はもうアイツの元に戻れない』
「ッ・・・!」
『フフ...もっと傷ついて一護。もっともっと傷ついて、あたしだけを求めて。そのためならあたしは何度も貴女の邪魔をしてあげる』
「そんな事!!」

鏡を殴りつけても、鏡面が水のように揺れるだけ。
笑い声が響く。


「左陣さん」

別れを決意したのに、心は無様に縋り続ける。



「一護オォォォ!!!」

アア、愛しい声が私を呼ぶのに、この瞼は重くて上がられない。
この身体は指先すら動かす事が出来ない。


絶つはずだった命は未だ有り、貴方を護ることすら出来なかった。

その罪を責めるように、絆のように思っていた笛が落ちていく。


(左陣さん)

伸ばそうと足掻いた手は、ただ宙に揺れるだけ。


END



後書き

盲目一護だったら、鏡花水月って効かないよなぁ...という思い付きから書きました狛一夫婦前提の藍染→一護


最初は全く無関心だったのに、見開かれた金色の瞳に囚われた藍染様
一護への歪んだ愛情全開の虚一護

これ以上書くと裏突入だったし、救いようがないのでぶっち切りENDです。



あきゅろす。
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