愛求

忙しいんだと言って、あの人がこの部屋に姿を現すのは数日に一度。
さっきみたいにほんの一時此処に居て、すぐにどこかへ行ってしまう。

「何してるんだろう…オレ」

好きになってしまったのは敵である人。
その気持ちを抑え切れずにみんなを裏切ったのに、たった一人でシーツにくるまっているだけ。

あの人はきっとオレのことなんて好きじゃない。
抱きしめてくれる時でさえ、好きだって一回も言ってくれなかった。
どれだけ好きだと、愛しているとオレが言ってもあの人はたんたんと「そう」や「知ってるよ」としか、言ってくれない。

悲しい
愛しい
寂しい
哀しい

疼く胸を押さえるように香りの残ったシーツに丸まり、目を閉じる。

いつもならこれで治まるのに、今日は留めきれない何かが溢れ出して来てしまう。

愛されないのに愛し続けるの?

心の中で自らに問い掛けられた言葉。
ツキンと、胸に針が刺されたような痛みが走る。

愛されない…?
いつか愛してくれると信じていたいのに、生まれてしまった小さな不安がどんどんと大きくなっていく。
そんなことないと叫んでみても、不安は全く消えていかない。

不安は寂しさを飲み込んで、いつもなら絶対にしないことを行わせてしまった。



愛求




「ッ…一護!!」
「…ルキア」

虚圏に行ったときに着ていた服は探しても見つからず、シーツ一枚で体を被って現世に出てくるとすぐにルキアが駆け付けて来た。
自分じゃわからないけれど、垂れ流しの霊圧は相変わらずみたいなんだと思う。
この様子だと他のやつらも集まって来るのかな?それはちょっと恥ずかしいかも。
身に纏っているものがシーツ一枚というのは、恋次や冬獅郎、男の人に見られるのは恥ずかしく感じた。

「その姿」
「ルキア、誤解するな」
「誤解だと?」

ルキアの瞳がオレの姿を認め、悲痛に見開かれる。何を想像したかすぐにわかってしまい、苦笑いをして間違った認識を止めさせればルキアはオレの言葉を待つように見上げてくる。

「オレは望んで自分からあの人の所に行ったんだ」
「な、何を言って」

ルキアは愕然と、黒曜の瞳を大きく開いてオレを見つめていた。

「好きになっちまったから、お前らを裏切って虚圏に居た」
「…気付いていた」
「ルキア?」

きっとこれを告げたが最後、呆れられるか激怒するか、どちらにせよ罪人として尸魂界に連れて行かれたりするかもな?と目を伏せる。
しかしルキアの反応はどれでも無く、予想外の言葉にルキアを見ればふっと瞳は細められる。

「貴様が藍染に焦がれていたことには気付いていた。あれだけ近くにおったのだぞ、気付かぬわけがない…まぁ、それを認めることは出来なかったがな…」
「そっか…」
「まあ、それはそれ、これはこれだ!」
「え」
「貴様は好きなやつに会いに行って自分で戻って来た、これで何の問題もなし!」

なら、もうみんなオレが裏切って虚圏に居たと知っているんだと思っていれば、ルキアは急に声質を変えた。
何だと思ってルキアをぽけっと見つめれば、何かルキアにだけしかわからないような理論で納得してしまい、家に帰るぞと腕を掴む。

「ルキア、オレは」
「一護は私の仲間で親友だ。大体裏切った奴は自分で帰って来たりはせぬ」
「ルキア…」

オレがルキアを裏切ったという事実は消えないし、あの人を選んで裏切ったことに後悔もしていない。


だけど嬉しかった。




「ありがと…」
「ふん、とりあえず親父殿の説教は覚悟することだ」

手を握り返せば、ルキアの足がほんの一瞬止まる。だけどすぐに元通りの歩みに戻り、ルキアはにやりと笑って告げた。

家に入るなり妹達と親父に泣きながら抱き付かれ、特に親父にはルキアの言葉通り朝まで説教をされ、一ヶ月に満たない別れだったのにやけに懐かしさを感じて泣いてしまった。



「一護ーー!!」

学校に戻ったのはそれから三日後、織姫には会っていたから抱き付かれるだけだったけど、竜貴と千鶴には泣かれてしまった。

「ごめん」

謝ることしかできなくて、だけど自分のために泣いてくれることが嬉しくて、同時に三日経っても何の反応もしないあの人のことを考えて胸が痛んだ。

ああ、やっぱり片思いだったんだ…。

勝手に行って、勝手に出ていって…まだ引きずっている自分に嫌気を感じた。




また藍染を思い出して胸を痛めている一護の姿にルキアはキツく拳を握り締める。

戻って来てくれて嬉しい。
苦しむ姿を見ていて辛い。

どうしてあんなに優しい一護が、あんな男を好きになってしまったのだろうかと、気付いてしまった日から何度も考えた。

未だ答えはでない。


「朽木」
「日番谷隊長…どうかしましたか?」

思案に耽っていたせいもあり、ルキアは声をかけられるまで前にいる日番谷のことに気付かなかった。
内心では驚きながらも出来る限り平静を装って応えるが、日番谷はすっと眼差しをキツくしてルキアを見る。

「本当は黒崎が何処に居たのかを知っているな」
「……なんのことか、存じ上げません」

尸魂界にも日番谷隊長にも、恋次や松本さんにさえ真実を明かさなかった。
一護は構わないと言っていたが、話してしまえば一護が反逆者扱いをされ、裁かれることは目に見えていた。そんなことは許せぬ。

「朽木、命令だ答えろ」
「知らぬことは答えられません」

上がった霊圧に息を飲みながらも、グッと足に力を入れて言い返す。
これだけは譲れないのだ。





****************





一護が帰って来てから二週間。
総隊長に何度か呼び出されて問われたが、何とかごまかし続けていた。

「ルキア、もういいよ」

学校で一護が私の顔を見るたびに、泣きそうな顔でそう言うようになった。

「悪いのはオレなんだ。ルキアが苦しむ必要なんてない」
「違う…」

確かに食欲も低下し、睡眠不足ではある。
総隊長や兄様に問い詰められるのは苦しい。

だが、一護のせいではない。


「一護では無く、全てはあの神気取りのアヤツのせいだ!」
「る、ルキア?」
「全く何を考えておるのだアヤツは!一護がこんなにも苦しんでおるというのに迎えにも来ない。もう待たぬ…今日中に迎えに来なければ一護は私が嫁にもらう!!」

プチリと何かがキレる音がすると同時に溜まり溜まっていた欝憤を全て吐き出し、空に向かって宣戦布告する。
呆然としている一護の腕を掴み、屋上を後にすると少しだけすっきりしたような気がしたのだった。

それに、一護を嫁にもらうというのは意外と良いではないか?

我ながら良い考えだとルキアは頷いた。






「ルキア…屋上でアヤツとか迎えにこいとか叫んでいたけど、あれって…」
「恋次、私は決めたのだ…今日中にアヤツが一護を迎えに来ぬ場合は私が一護を嫁にもらう」

ぐっと拳を握り締めたルキアは男らしかった…じゃなくて

「嫁ッ!?ちょっと待て、お前も一護も女だろうッグハ!」
「阿散井、お前がちょっと待てだ。今は授業中だってことをわかってんのか?ん?」

越智先生の素晴らしいチョーク投げを見事額で受けた恋次は、微妙な叫びと共にイスから落ちた。

「朽木、真面目なお前まで一緒に何を話していたんだ?たしか黒崎の名前も」
「越智先生、馬鹿犬の遠吠え等気にしてはダメですわ。負け犬よりも今は授業の方が何十倍も大切です、さあ授業を続けてください」

心配そうに見つめる一護の視線に気付いたルキアは、越智の意識が一護へと向かぬうちに笑顔で告げる。

「ん?あ〜…まぁそれもそうか。よし、授業続けるぞ〜阿散井、早く席に着け」

納得するのか?!
恋次含めクラスの大半がそう叫びたい衝動に駆られたが、何事もなかったように教卓の前に立つ越智に言葉を飲み込んだのだった。



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