+novel+ 『3月14日』前編 イタサス 放課のチャイムと同時に前の席のナルトがくるりと振り返って言った。 「サスケェ!今日一楽寄って帰ろうぜ!」 「悪りぃ、用事があるからパスだ。」 オレが即答すると、ナルトはぷいと頬を膨らませて周りに聞こえない位の小声で文句を垂れた。 「ちぇー!どうせイタチ兄ちゃんとデートとかだろ!!」 「ふん…ウスラトンカチの割に鋭いな。」 ナルトにはそう答えたものの、厳密にはデートと言うか、兄さんが買い物に付き合って欲しいと頼んできたのだ。それでもすごく楽しみで、今日の授業中はずっと上の空だった。最近は兄さんの勉強が忙しいこともあり、二人っきりで過ごせる時間は貴重だからなおさらだ。 「鋭いって…。そりゃお前が一日中ニヤニヤしてんだから、イヤでもわかるってばよ。それに今日ってば…」 ナルトが何か言いかけた気がするけど、これ以上かまってはいられない。「じゃあな。」と一言告げて、足早に教室を出た。 + + + 兄さんは大学へ通うために、県外のマンションで一人暮らしをしている。 今は四時過ぎで、六時ごろ家へ迎えに来てくれる約束になってるから、充分余裕があるのだけど自然と早足になってしまう。 下駄箱で靴を履き替えながらちらりと外を見て、また視線を戻そうとした瞬間、オレは固まった。 よく見慣れた車がある。そしてその隣には大勢の女子生徒に囲まれ少し困っている人物…、兄さんが居た。 慌ててローファーを引っ掛けて走って行くと、兄さんはオレに気づいた様子で、こちらに向かって大きく手を振った。 すかさず女子生徒たちの視線は一斉にオレの方に向いた。 「兄貴、六時に迎えに来るんじゃなかったのか!?」 オレが兄さんの傍に来てもいっこうに立ち去らない女子生徒たちから「なんだ、兄弟か〜。」とか「弟君も可愛くない?」などと勝手な事を囁き合ってるのが耳に聞こえてきて、かなり居心地が悪い。 「今日はサスケとデートだからな。お前に早く逢いたくて、急いで終わらせてきたんだ。」 「なッ…!!!」 さらりと言ってのけた兄さんは、顔を真っ赤にして口をパクパクするオレの手を握って、驚きで目と口が開きっぱなしになった女子生徒たちを尻目に、すたすたと車の方へ歩き出した。 オレと兄さんが車に乗って、エンジンをかけるとようやく女子生徒たちは解散した。まぁ、たしかにあんな台詞を聞いたら驚くのも無理はないよな。オレもすごく驚いたし。いや、でも嬉しかったけど…。 「さて、何処へ行きたい?」 さっきの言葉でまだドキドキしていたから、兄さんが喋った言葉が飲み込めなくて「ふぇ?」と間抜けな声が出てしまった。 そんなオレの様子を見た兄さんは、「可愛いな。」と、くすくす笑ってオレの頭をポンポンと撫でた。その動作にすら心臓がいちいち反応するから自分でも恥ずかしくなる。 「買い物に付き合ってくれと言ってあったが、あれは嘘だ。」 「え…?」 「今日は何の日だ?」 「…3月14日?…あ!ホワイトデー!」 「そうだな。だけど、サスケは甘い物が苦手だろう?だから今日は好きな所へ連れて行ってやろうと思ってな。」 買い物に付き合うだけでも楽しみだったのに、今日兄さんがここに居るのが全部オレのためだと実感すると、自然と口元が緩んでしまう。もしオレに犬の尻尾があったなら、それこそ、千切れんばかりに振っているだろう。 「行きたい所って、どこでもいいの?」 「ああ。」 「…じゃあ、兄さんの家が良いな。」 我ながら子供っぽいお願いだと思ったから、恥ずかしくて目を合わせられずに言った。兄さんが一人暮らしをするようになってから、毎日寂しくて仕方なかった。だから今日は兄さんの家でご飯を食べたり、遊んだり話したりしたいんだ。 オレの答えが意外だったのか兄さんは少しの間、黙っていた。ちょっと不安になって兄さんの顔を上目遣いで見上げると、唇に温かくて柔らかい感触が降ってきた。 「んんっ…!?」 それが兄さんにキスされてると気付くのに数秒かかった。 ちゅっと音を立てては角度を変えて、何度も押し当てられる。その音が静かな車内にやたら大きく聞こえて、鼓膜をくすぐった。唇に触れるだけの優しいキスなのに、すごく気持ちよくて、呼吸が乱れてしまう。オレの頬に添えられている兄さんの手に縋るように指を絡めて、限界を伝える。 これ以上されたら変になってしまいそうだ。 「サスケ、まだ明るい内から誘ってるのか…?」 唇が解放されたと思ったら、耳に直接流し込むように囁かれた言葉によって、さらに羞恥心が掻き立てられた。 「ちがっ…だって兄さんが…!!」 慌てて反論するオレに、にっこり笑って「家で良いんだな?」と車を発進させる兄さんはことさら嬉しそうで、何も言えなくなった。 オレは昔から兄さんの笑顔に弱い。 +To be continued+ [戻る] |