+novel+ 『恋粋、』イタサス 中忍になってから初めての五日間にわたる長期任務を終えて、久しぶりに帰宅するイタチの表情は、夕日に彩られている空に反して曇っていた。勿論、任務はいつも通り完璧にこなしたのだが、一つ気がかりな事があった。 長期任務に着くことが決まった日。 「イタチ、長期任務の事はサスケに気取られないようにしてちょうだい。」 いつもは天真爛漫なミコトが、心配そうな顔で言った。その理由をイタチはすぐに予想できた。サスケが任務の事を知れば、必ず自分も行きたいと言うからだ。絶対に連れていけないならば、その時まで知らない方が良いだろうと、イタチは黙って頷いた。そして任務に着く日はサスケが眠っている早朝に家を出て来たのだった。 いくら本人のためとは言え、黙っていたことは悪かったなと考えながら玄関の戸を開くと、サスケがいつもアカデミーに履いて行ってる靴が目に入った。 「ただいまー。母さん、サスケ。」リビングに入ると、ミコトがキッチンに立っているところだった。 「お帰りなさい。任務はどうだった?イタチのことだから完璧だったのでしょうけど。」 誇らしげに言うミコトに「ええ、無事に遂行しました。それより母さん、サスケはまだ帰ってないのですか?」と気になっていたことを尋ねた。 普段、イタチが帰宅すると真っ先にサスケは飛びついて来るのに、今日は物音一つしないので、帰ってないと思っても不思議では無かった。 「いえ…、部屋に居ると思うわよ…?」ミコトの困ったような顔と歯切れの悪い口調にイタチはピンときた。サスケは何も知らされずに子供扱いされたあげく、任務に連れて行ってもらえなかった事に怒っているのだろう。 「わかりました、サスケと話してきます。」何か言いたそうなミコトにそう言い残して、サスケの部屋に向かった。 + + + 「…サスケ、入るぞ。」 イタチがドアの前で一声掛けてから部屋に入っても、サスケはベッドに突っ伏したまま、頑なに動かなかった。それでも構わず、イタチはベッドの縁に腰掛けて言葉を続けた。 「連れていけなくてすまなかったな。でも、今回の任務はサスケにはまだ危険過ぎたんだ。」 サスケは不満そうにもぞもぞ動いた。 「今度、もっと安全な任務を受けるから、その日は特別に連れて行くと約束する。それじゃ駄目か?」手のひらでサスケの髪を撫でながら、これ以上ないくらい優しい声色で言った。 すると、ちらりとイタチの方を見たサスケは何故か泣きそうな顔をしていた。そして消え入りそうな声で「ちがう」と呟いた。 「…サスケ?」 驚いたイタチが顔を覗き込もうとすると、イタチとは反対側のベッドの端に逃げるように体を反転させ、さらに枕に顔をうずめた。 イタチはこの反応を見て、サスケが怒っている本当の理由がやっとわかった。 「もしかして寂しかったのか…?」 サスケは声こそ出さなかったが、ピクリと体をふるわせた。それだけでイタチにとっては十分な返事として受け取れた。 「サスケ…。」 イタチは自分でも何なのか解らない、しかし、はっきりと存在する感情に気づいた。兄弟愛とは違う、もっと胸の奥がせまくなるような、甘い感情。その感情に突き動かされるように、サスケの腕をつかみ、自分の腕の中に抱き寄せた。 「にいさん、もう帰ってこないかと思った…。そしたら怖くなって、それで…」 蚊の鳴くような声で、やっとサスケの口から本音がこぼれる。サスケの顔がうずめられてる肩に、温かいしずくがにじむのを感じた。寂しい思いをさせて申し訳ない気持ちと、腕の中の小さな温もりが可愛くてたまらない気持ちが、イタチの胸の中をゆっくりと満たしてゆく。 「許せ、サスケ。今度からちゃんと任務がある日は伝えるから。」 そう言うとイタチは、サスケの前髪を掻き上げいつも指先で小突く額に、心を込めて優しくキスをした。 サスケは少し驚いて、くすぐったそうにはにかんだ。それから、抱きついている腕に力を込めイタチの唇に自分のそれを押し当て、お返しと言わんばかりにニコッと笑って言った。 「にいさん、だいすきっ!」 + + + 「イタチ、随分ごきげんなのね?」 夕食を済ませて、そろそろ忍具の手入れでもしようとイタチが腰を上げたとき、何の脈絡もなくミコトが話し掛けた。 「何のことですか?」平静を装って答えたイタチは、内心かなりギクッとした。先ほどのサスケの言動を思い出していたからである。 「うふふ。どうやら上手くいったみたいね。」楽しそうに笑うミコトに、やはり何のことか解らないというように、曖昧に微笑んでリビングをあとにした。 自室のドアを後ろ手に閉めたイタチは柄にもなくその場にへたり込んだ。いくらイタチが優れた演技をしようとも、相手が母親となれば話は別だ。あと少しでも探りを入れられていたなら、たちまちボロが出ただろう。 『母さんはいったい、どこまでわかっているんだ…?』 サスケと上手く仲直りが出来た事を言っているのか、それとも…。 イタチは自分自身に問う。何故知られてはいけないと思ったのか?家族を愛するのはごく自然な事ではないか、と。 『違う…。』 心の中で声が響く。イタチは、自分がサスケに抱いている感情が何なのかはっきりと理解した。皮肉にも無意識の罪悪感によって、気付かされてしまった。 『俺はサスケに恋をしているのか…?』 サスケがこの気持ちを知ったら、どう思うだろうか?憧れの兄が自分に兄弟以上の感情を抱いていると知っても、お前は笑って不意打ちのキスをくれるだろうか。そんな俺を好きだと言ってくれるだろうか。 カーテンの隙間からもれる月の光が、床に落とす影の形を変えてゆくのを、イタチは床に座ったまま延々と眺めていた。 +END+ [戻る] |