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cradle
その美しい名前を口にすると、私の胸は高鳴った。
その瞳に私を見ると、心が震えた。
その熱いカラダに触れて、私は初めて涙を知った。

一護。
その少年には、いつだって遠い気がしていた。
こんなに近くにいても、私の心はまるで空虚だった。



クレイドル



膝小僧が白く乾燥して、スカートはやはり寒い、そう感じ始めた頃に私の現世任務終了を告げる辞令が下った。
「瀞霊廷に帰還後、暫時官位をもたす」
そう短く書かれた紙を手に、階段をあがる。

西陽が強くさす屋上には、誰もいない。
少しの寂寞感に心が疼く。やはり、この街を離れるのは惜しい。

北風がスカートを翻して、足元をすり抜けていった。
私はこの現世の制服を好んで着たが、それも今日で最後だと思うと少し残念だった。

「朽木ルキア」の記録と記憶は現世から末梢されて、私は明日には此処にいない。今頃その手続きを浦原が進めていることだろう。

幾度も肌を擽る風にぶるりと震えて、ますます私は体を強張らせた。
ピンクのマフラーに顔をうずめて、目を閉じる。
背に感じる太陽は、あたたかい。


「何さぼってんだよ」

その声に顔をあげてゆっくりと振り返る。その間に近付いた足元に視線をやると、それはやはり一護のスニーカーだった。

「お前こそ、どうした」
「もう授業、終わったんだよ」
「ふん、どうせ私の姿が見えぬから心配だったんだろう?」
「…ばーーーか」

そう私の頭を小突いて、一護は隣に腰を降ろした。

「さみーなここ」
「そうか?」
「お前はマフラーしてるだろ」
「でも背はあったかいだろう」
「ん。そうだな」


少しの間を置いて、私は彼にどう告げようかと悩んだ。
明日、ここに、私はいない。
それを伝える言葉は、結局今日まで見つからなかった。

容易くは現世と尸魂界を行き来することはできない。それは同じように、一護と会うこともないということだった。
この胸に仄かに宿る思いは、この地を離れることをおそれていた。

隣の一護を見上げる。
透けたオレンジ色の髪が眩しくて、私は眼を細めた。

「…一護」
「なんだよ」
「実は、今夜、あちらに戻る」

結局私は言葉を知らなかった。

「…そうか。いつ、戻ってくるんだ?」
「それは分らないな。私もあちらで昇進したのだ、そう隊を離れることは出来なくなるだろうからな」
「…そっか」

そう呟いたまま、一護は黙ったきりだった。
瞳の奥が少し揺れているような気がしたが、それはほんの一瞬で。

私はまた、瞳を閉じた。
風に揺れる髪を手で抑えて、立ち上がる。

「…ルキア」
「なんだ」
「俺が今死んだら、お前、俺のこと、魂葬してくれる?」
「…仕事だからな」

「そっか」


一護がゆっくりと、立ち上がった。
そのまま私に背を向けて、昇降口へと歩いて行った。
西陽に溶けていくような背中が、まぶしい。


そう、その眩しさがおそろしくて。
そう、いつか失うことが、恐ろしくて。

ああ、どうして今まで、心に留め置かなかったのだろう、その名を。
こんなにもあたたかい、その名を。


「…一護」
「……」
「ありがとう」

立ち止まったままの背にそう言葉を紡ぐ。
もうこの名を呼ぶことは、ないのだろうか。

こんなにも、美しい、その名を。


「お前は、現世で生きてゆけ」
「私は、死神としての生を全うする」
「…そうだな、またいつか、現世に来ることもあるだろうし、休暇だって…」

自嘲気味に、他愛もない独り言ばかりが続く。けれど他に紡ぐべき言葉を私は知らなかった。

「…ルキア」

一護が、私を振り返った。
その瞳を見るのが、今は少し怖い。
しかし視線は交錯する。

その瞳は何を語る?
空を染める西陽が眩しくて、私には分からなかった。


一歩ずつ、近付く足音。

5、4、3、

2、
1、

見上げる瞳に、迷いはない。
ああ、そうだ。
その真直ぐな眼差しに、私はいつも救われていた。

トンと、一護が私の肩にその手を置いた。
布越しに感じる手の平の感触。これさえも、最後だろうか?

視線を私に合わせて、少し一護が屈む。
瞳に映る私は、ひどく情けない顔をしていた。

風にさらされて冷たくなった頬を触られる。
その手は、ほんの少しだけ温かかった。

「…ルキア」
「俺は、ここで生きてくよ」
「お前に拓いてもらった、世界だ」

ぽつりぽつりと言葉を紡いで、そのたびに一護の息が近づく。
ああ、そうだな。
私はそう言いたかったのに、その言葉は塞がれた。

「…何をする」
「んーーなんだっけ。お前がいうとこの」
「接吻か」
「そう、それ」
「…ふん、やはり現世の若者の性は乱れておるな」
「お前、顔真っ赤だぜ?」
「…ふん。」

なんとなく気恥ずかしくて、触れられた唇を手で隠す。

「だめ、もっかい」

そうせがまれて、一護に手を取られる。

2回目に触れられた時に、太陽が沈む世界がみえた。

それは、海のようにあたたかかった。


「次、戻ってきたら、連絡しろよ」
「…ああ、」
「押入れ、あのままにしとくし。」
「ああ。次こそは小窓付けてやるからな」
「ばーーか。誰の部屋だと思ってるんだよ」
「ふふっ」

じゃあ、そう短く言って、私は背を向けた。
太陽は沈んでいたけれど、背中に温かい眼差しを感じたのは、錯覚ではない。


死神の生は、不安定だ。
同じように、お前の未来は計り知れない。


けれど、心に刻むお前の名が、私を前へと歩ませる。

迷いなきお前の、心のように。







2009.1
戦いの後の一護とルキア
2人は恋人でも家族でもないけれど、強い絆で結ばれているといいなあ、と思います
そして、きっと、お互いの生きる道が違ったとしても、その道を尊重しあえる2人だとおもいます

10万ヒット、本当に本当にありがとうございました!!!









あきゅろす。
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