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空の悲しみと雲の涙
どんな時でも、お前はお前でいて
何色にも
何者にも
染まらない

だから不安なんだ
一生この胸の想いに気付いてはくれないのではないか、と。


八葉と云う絆
仲間と云う安心
打ち消す事なんて到底叶わない


『恋』、が
こんなにも苦しいものだとは知らなかった
助けられるのはお前だけで
解き放てるのは俺自身…


本物の想いが必要なのだと
胸が軋んだ




何時も見ていた
お前だけをずっと。

お前が誰を見ていようとも…
だから
知っているんだ

誰のものにもならない
穢れの無い存在
それが龍神の神子であるお前。


それでも
俺は…





お前を俺のものにしたいと願うよ




空の悲しみと
雲の涙






「ヒノエ君、どうしたの?」

目の前に影が落とされたかと思うと、淡い心地よい声が聞こえた。
見れば、自分の顔がほころんでいることに、嫌でも気付かされる。

望美の笑顔は好きなんだ。

けど、
それは俺だけに向けられている訳じゃない…
他の八葉や白龍…銀も。

だから
少し、焦った。


「ヒノエ君っ!!具合悪い?」


手に持っていた薬瓶や薬草を地面に置いて、望美は駆け寄る。


「…なんでも、ない」


しっかりと、言葉を発したつもりなのに声は掠れてしまっていた。

何か暖かなものが頬を伝った。


「泣い、てるの?」


望美はヒノエの顔を覗き込むようにして、訊ねた。

こんなに距離は近いのに、心は遠い。
単なる思い過ごしかもしれないけれど…

それでも、俺は、敦盛にも譲にも銀にも、こうしてやった望美を知ってる…

今だって、手に持っていたのは薬草。
つまりは弁慶の手伝いをしているということ。


「…望美さん?」

「弁慶さん!」


向こうの叢から出てきたのは弁慶。
噂をすれば…なんとやらとはこのこと、か。


お前と親しそうにしている奴等を見るのが嫌に、腹が立った。

顔を逸らしてはみても駄目で…




苦し、かった。



「……っ」


どうしようもなくて、抑えが利かなくなりそうで、駆け出した。

望美が名前を呼んだのが遠く聞こえても、足を止める気にはなれなかった。



***




「はぁ…」


長時間休み泣く走り、酸欠になってぼぉっとした頭を地につける。

空を眺めれば緋色で


無償にこみ上げて来るものがある。
どうして涙が出るのかなんて、解らない。

ただ、苦しい。
これが本物の『恋』なのか?


苦しいばかりなのに…?




あの大きな空に手を伸ばしたら、助けが来るような気がした。

浮かぶ白い雲がお前なら、さしずめ俺は緋色の空。
近いのに届くことはない。

何者にも染まらずに、生きているお前は真っ白な雲。

いつかは空から消えていく…
それが堪らなく怖い。


だって現実そうじゃないか。

今は羽衣を持たない天女。
でもいつかは…



……嫌だ。





誰か、ここから助け出して。




「ヒノエ君っ!!」


また、声が聞こえたんだ。
お前の焦るような吐息交じりの声が。

そして、空に伸ばしていた手には暖かな温もりがそこに。


「心配…したんだからね!」


目に涙を溜めたお前。
俺はそんなお前に何をしてやれるのだろう?


「…ごめん。」


口を吐いて出たのはたったの一言。


今、抱きしめてしまえばどんなに楽か…



お前は俺の天秤に掛けたら、重くて壊れそうで。
落ちて怪我したらどうしようかと思う。

大切だから
手放してしまえばいいのか?


「…不安?」


望美は真剣な眼差しで問質し、的を得た台詞にビクリと体が震えた。

お前は、それを見逃さなかった。


「何が、不安なの?」

「空と雲は近いのに、届かないのが運命で、雲は何にも染まらず、いつかは消える…」


そう、お前はいつかは俺を残して元の世界に帰るんだ。

だから、
手放してしまった方が楽、なのかもしれない…


「お前は…雲なんだ。」

「雲…?」


当然の如く疑問符に打ちひしがれる望美。
しかし、次には悲しげな笑みをたたえながら…


「ばかだね、ヒノエ君。」


直球に言われた。

お前は一瞬、思索するように目を閉じ、言葉を紡ぐ。


「空と雲が近いってことは、同じところに一緒に居られるんでしょ?雲だって夕日で、紅や紫や藍になるよ。」


発想の転換。
やっぱり望美は俺には無い物がたくさんあるんだ。


「…それでも、消えるんだ。」


切なくて、苦しくて、上に居る望美を見上げる。
目が合えば澄んだ眼差しに、トクンと脈打つものがある。


「…雲は空から消えるんじゃない。雲は空と交わるの。」


視線が逸らせない…


「望美…」

「私をあなた色に染めて、引き留めてくれたなら……」

望美から口付けられる…

俺の頬に降り注ぐ涙は約束の涙。



『ずっと一緒に居るから』



結ぶ手からはお前の温もりが。
柔らかな唇からは暖かな言の葉が。


抑えきれない、衝動。


「望美…抱きしめてもいい?」


首を縦に振ったのを確認してから、思い切り抱きしめた。
壊れるのではないかというくらいに

強く
強く




お前の体温が心地よく沁みた

これが『恋』で『幸せ』なのか…


どんな時でも、お前はお前でいて

たとえ俺がお前を染めたとしても
何も変わらない…



絆は愛へと変化した。






もう、苦しくないよ…







end

2006.10



あきゅろす。
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