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願わくは星の下にて
26


球技大会当日の朝。

ベッドで目を覚ました吉野は、カーテンの隙間から漏れる明るい光に、今日が晴れである事を知る。

時計を確認すると、普段起きる時間よりも大分早い。

身体を起こし、伸びをした吉野は、軽く目をこすりながら自室を出た。






階段を下りて、吉野は台所へと向かう。


「おはよう、お母さん」

「おはよう、吉野。早いじゃない」


台所で朝食の準備をしていた吉野の母・榛名(はるな)は、息子の姿を見て少し驚いた顔をした。

母の元へ向かいながら、吉野は尋ねる。


「何か手伝おうか?」


息子の気遣いに、榛名は嬉しそうに微笑んだ。


「有難う。でも、大丈夫よ。これから火使うから、座って待ってて」


榛名の言葉に、吉野は大人しく席につく。

テーブルの上には、すでにいくつかのおかずが置かれていた。

しばらくすると、ジュー…という良い音が聞こえてくる。

コンロに向かう榛名の背中を見ながら、母が料理をする音を聞くのは久し振りだなと、吉野はぼんやりと思った。


「ねぇ。そういえば、軒先に吊るしてあるてるてる坊主、あれって吉野の?穂高の?」


吉野に背を向けたまま、からかうように榛名が問う。

少し恥ずかしがりながら、「…僕のだよ」と吉野は答えた。


「どうりで早起きなわけね。今日の球技大会、楽しみにしてたんだ?」


吉野は照れから肯定の返事が出来なかった。

早く目が覚めた理由は、自分が一番よく分かっている。


「学校が楽しいみたいで、お母さん嬉しいな。でも、まさか高校生になってからも吉野の作ったてるてる坊主が見られるなんてね」

「……え?」


照れ臭さから反応を返せずにいた吉野だったが、今の榛名の言葉には、思わず疑問の声をあげていた。

料理をしている榛名の背中に、吉野は改めて尋ねる。


「僕、前にもてるてる坊主作ったことあったっけ?」


吉野の問いかけに、榛名は意外そうな声を上げた。


「あら、覚えてないの?前にも作ってたわよ?確か、吉野が小学…」


そこまで口にして、思い出そうとしているのか、榛名は言葉を止める。

吉野はじっと背中を見つめながら、榛名の言葉の続きを待った。


「う〜ん、いつだったっけかな〜。ごめんね、もしかしたらお母さんの思い違いだったかも」


コンロの火を止めて、フライパンを持ったまま振り返った榛名は、申し訳なさそうな表情でそう言葉を続けた。


「さて。出来たわよ、吉野の好きなネギマヨ卵焼き。ご飯よそってらっしゃい」


榛名に言われ、吉野は慌てて席をたって茶碗を取った。


「お弁当にも入れておくからね」

「ありがとう」


茶碗に白米を盛りながら、吉野はお礼を言う。


「ゆっくり食べてね」


弁当の準備も済ませた榛名は、吉野にそう声をかけて台所から出て行った。

作りたての卵焼きを、吉野はゆっくりと味わう。

先程の会話が気になったが、母が思い違いだと言うのだから、本当にそうなのかもしれない。

何となく引っ掛かりを覚えつつも、吉野は再び問おうとは思わなかった。





朝食を食べ終わった吉野は、迷った末に、いつもより早く家を出ることにした。

運動部は早めに登校して、校庭のネット張りをしなければならないのだと、昨日横山がぼやいていた。

早く行けば少しでも手伝えるかもしれない。

吉野は自室で制服に着替えると、隣の部屋の戸をノックした。


「穂高ちゃん。今日は僕、少し早くウチ出るけど、ちゃんと起きてよ?」


戸の向こうから、返事のような、くぐもった声が聞こえる。

自分以上に朝に弱い姉なので、起きた事を確認せずに家を出るのは非常に心配だった。


「お母さん、もし穂高ちゃんが起きて来なかったら、起こして貰ってもいい?」


洗面所にいた榛名に、吉野はそう頼んだ。

榛名は苦笑しながら頷く。


「ちゃんと起こしとくから、気にせずに行ってらっしゃい。バレー頑張ってね」

「お母さんも、仕事頑張ってね。行って来ます」


榛名は、軽く手を振って吉野に答えた。

母に挨拶を済ませた吉野は、玄関に鞄を置き、仏間へと向かう。

家を出る前と帰って来た後の、一日二回のお参りが、中学からの吉野の日課だった。

仏壇の前で正座をすると、ゆっくり目を閉じて手を合わせた。


「行って来ます」


静かに一言挨拶をし、吉野は仏間を出た。

ローファーを履き、玄関の戸を開くと、明るい朝陽と綺麗な青空が、吉野を待っていた。



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