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永久の花嫁




 とある村では、毎年、鬼と呼ばれる存在に生け贄を捧げなければならなかった。生け贄は決まって十代の処女であり、その女たちは決して村に戻ってこなかった。しかし、鬼の怒りをかえばどうなることか知れない。村全体にわざわいが降りかかるより、毎年の犠牲を払うほうが、村にとっては賢明だった。
 鬼が支配するほかは何の変哲もない村に、訪ねてくる者などはほとんどなかった。そんな村に、とあるひとりの男が訪ねてきた。男は人とは思えぬ風貌で、成人男子の倍近くはあろうかというほどの体格をしていた。顔つきも何やら恐ろしく、男が村に足を踏み入れた途端に、村には戦慄が走った。無理はなかった。何せ鬼の支配する村だ。第二第三のわざわいを頭に描くことなど、たわいなかった。
 男を出迎えたのは、村長だった。老いさらばえた小さな身体を、男の前に現した。村長に恐怖はなかった。それには理由があったが、それを知る者は誰ひとりとしていない。いずれそれが村中に知れることになろうが、今は時期尚早と、村長自らが村人には隠していたことだった。無論、それは男すら知り得ない。
「旅のお方ですかな」
「ええ、実は宿屋が見つからないのです。お支払いはいたしますので、今晩だけ泊めていただけませんか」
「この村には宿屋がありませんから。お代は結構ですのでどうぞお招きいたしましょう」
「恐れ入ります。ついては何かお手伝いできますれば」
 男は少々、村長を訝しんだ。男の巨体を見れば、誰しもが一度は驚き言葉を失う。どれほど善人だろうと聖人を謳う者だろうと、誰一人として男を見て驚かぬ者などなかった。それが小さく背中を丸めた老人は、まるで、あたかも男を初めから知っていたかのように“普通”だったのだ。だが、男はそんな邪念を追い払う。親切を施そうとしてくれている村長に、男は失礼な気がした。
 村長の家の中に足を踏み入れた男は、急に背中がぞくりと震えた。まるで身体が言うことをきかない。村長の後をただ追うしか、できなかった。邪念を振り払ったつもりの男でも、嫌な予感がしてならなかった。もしかすれば踏み入れてはいけない場所だったのではないだろうか、男はそう思っても、後には引き返せなかった。身体が、そうさせていた。
「ではここでお待ちくだされ。食事をお持ちいたしましょう」
「ご、ご親切、痛み入ります」
 気づけば言葉も満足に紡げない。男がいよいよ不安も極まるころ、ふと、外で雷がなった。普段はものともしない雷に、男はびくりと巨体を揺らす。ざあざあと打ちつける雨の音が、余計に男の恐怖を増長させた。ろうそくの灯る暗い部屋で、男は一人、村長を待った。
 どれほどのときが過ぎたころか、村長が食事を持って再び男の前に現れた。それはたった数分の間だというのに、男には数時間にも感じられた。村長が差し出した食事を、男は食す気になれなかった。つい先ほど、歩き疲れ腹を空かしていた男は、村長の家に着くまで、ぐうぐうと腹の虫を鳴らしていたというのに。打って変わったかのように、男はまるで食欲がわかなかった。それに笑う村長の表情が、男には何やら不吉に思えてしようがなかった。だが、わざわざ出してもらったものをむげにもできず、男は食事を口にした。


 男が気づいたころには、そこはすでに村長の家の中ではなかった。重いまぶたを必死に開けながら、男は考えていた。そういえば食事を終えたあたりから急に眠気が男を襲ったことを。そして倒れるように、そのまま眠りに落ちてしまったことを。男は自身のぐたりと動かぬ身体に、自らにおきたすべてのことを悟った。――罠だった。初めから。男が罠にはめられるにいたって考えつくことといえば、一つしかない。正体を気づかれた。それしかなかった。だが、正体を知ったところで、何が変わるわけでもない。そもそも罠にはめられること自体、男には身に覚えのないことだった。
「お目覚めかな」
 急に発せられた声に、男は目を見開く。声の主を探そうと視線を右へ左へやれば、すぐにその主は見つかった。
「思うように身体が動かないだろう。無理もない。君専用の結界を張っているからな。しかしうまいこと人間に化けたつもりか? まるでお仲間には分かる稚拙な変化だな」
「お前、まさか」
「ようこそ東洋の鬼よ。私は西洋の鬼、吸血鬼。君は珍しく私と同じく原種なのでね。少々捕まえるのにてこずった」
「目的は何だ。鬼狩りか? 我々は決して干渉せぬよう千年前に条約を交わしたはず」
「鬼狩り? そんな無意味なことなどしない。私は君を花嫁として迎え入れようとしただけだ。人間の女はすぐに寿命が尽き死ぬ。鬼の女は子を成せば死に、数百年前にすべて絶滅した。不死の妖怪も少ない。永久に共にあってくれる者を私は探していた。そこに君が舞い込んできたということだ」
 鬼が見れば、吸血鬼の表情はどこか悲しげだった。吸血鬼の気持ちは鬼にもよく分かる。尽きることのない永遠の命は、死よりも辛く残酷だ。だが、鬼も、情にほだされるわけにはいかなかった。
「私は私の道を選ぶ」
「君に選択肢はもうない。すでに儀式は終えた」
「まさか……」
「そう。契りの儀よ。最も強く解くことはできない。君はもう私の花嫁となった。村に女をすべて返すかわりに、君はこの先、永遠に私のそばにいることが必至となったのだ」
 鬼はいつの間にか自由となった身体を起きあがらせ、すぐに身体中をまさぐりだした。そしてあるものを見つけ、絶望に顔を歪ませる。鬼の目には、左胸の刻印が映っていた。契りの刻印。決して逃れられぬ呪縛の証拠。鬼が膝をつき嘆けば、吸血鬼は満足そうに笑った。
「さあ、二人だけの披露宴をはじめようか」




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