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飛べない鳥




 一人の少女がいた。名をミラという少女は、孤独だった。生まれつき頬に大きな痣をもつミラは、周囲から気味悪がられていた。誰しもがミラに近づこうとはしなかった。おとなしく、口数の少ないミラはいつも独りだった。
 静かで誰もいない空間を好むミラは、大きな木のそばで本を読むことが常だった。誰にも干渉されず、嘲りも罵りもない。なにびともミラの選ぶ場に、ミラを見つけることはない。そのはずだった。
 ミラを、遠くから見つめる少女がいた。大きな館の一室。その窓から、いつもミラを見ていた。浮き世離れした美しき少女。ノア。ノアに見られていることなど、ミラは微塵も知らない。だがノアはミラを知っている。その姿も、名も、ミラのその全てを。

 あるとき、ミラに一通の封書が届いた。差出人は不明のその封書は、庶民には到底手が届かない貴族のそれだった。ミラに心当たりはない。貴族の親族も、ましてや友人などいなかったからだ。小首を傾げながら、ミラは封を開けた。


 ミラは開封した手紙を手に、町で最も大きな館の前に立っていた。しばらくそのように呆然と立っていると、ふいに門が開いた。中からは誰も出てくる気配がない。ミラはゆっくりとその門をくぐった。ミラが玄関口まで到達すると、中から、一人の老婆が現れた。使用人と名乗るその老婆は、ミラを中へ入るようにといざなう。人間味の感じられないその老婆に怖じ気づくも、ミラは促されるままに従った。
 ひとつの部屋に通されたミラは、我が目を疑った。ミラの目の前には、一人の少女がいた。
「あなたがこの手紙の差出人?」
 ノアはミラをじっと見つめ、しばらくすると無垢な笑いをミラに向けた。
「ミラ、会いたかった。ずっとこの窓からあなたを見ていたの。お手紙、見てくれたのね」
「どうして私の名前を知っているの?」
「私、ミラのことならなんでも知っているのよ」
 ミラは知らない。これほどまでに美しく、無垢な少女を。触れたら壊れてしまいそうな、陶器のような少女を。
「どうして私を呼んだの?」
「あなたが欲しかったの。ずっと見ていたわ」
 どうしてノアが自身を望んだのか。ミラには甚だ理由が見つからなかった。世辞にも容姿が恵まれているとはいえない。ミラの周りに誰かが集まるような、そのような人望もない。ノアのように、美しく愛らしい雰囲気をもつこともない。それなのに、何故ノアが自身を求めたのか。ミラには知る手だてがなかった。
 ノアにいざなわれるまま、ミラは戸惑いながら近づく。ゆっくりとミラに伸びる手を、ただ、ミラは待っていた。ノアの温度がミラに触れると、ノアは挨拶をするようにミラの頬にキスを落とす。やわらかな唇の感触。赤く色づいたその小さな口が、荒れたミラの頬から遠ざかる。にこりと、ノアは微笑んだ。欲しくてたまらない玩具を手に入れた、そんな笑みだった。
「ミラ、ミラ。私のミラ」
 ノアに抱きしめられると、ミラは胸が高鳴った。親に触れられるほか、ミラは温かな温度を知らない。まるで風雨にさらされる、枯れかけの草木のような扱いをされてきたのだ。それが今はどうだろう。ノアは愛しげに、壊れ物を触るかのような優しい手つきで、ミラを包む。赤く小さな愛らしい唇も。なめらかで細い温かな手のひらも。すべてがミラを魅了した。

 時が経つのも忘れてしまうほどに、ミラはノアとの時間を楽しんだ。夕暮れどき、ミラが帰ろうと席を立つ。にわかにノアの表情は曇った。
「ミラ。私から離れるなんて許さない」
「でもノア、私、帰らなきゃパパとママに叱られるわ」
「私のパパとママから言ってもらうわ。だから、ミラ。ね、まだ私のそばにいて」
 ノアの言葉に、ミラは二つ返事で頷いた。ノアの言葉は、まるで呪いだった。逆らえない。否、自ずから望んでしまう。そんな力をもつ言葉だった。


 どれほどの時が経っただろう。ミラの短かった髪が、腰にまでつくほどに、それは長い年月だった。まるで何かに憑かれたように、ミラは館を出られなかった。ノアがミラを出そうとはしなかった。盲目的なまでにミラを愛するノアは、決してミラを手放そうとはしなかった。鳥かごに閉ざされた野鳥。自ら開けることはかなわぬかごを、大事そうに少女は抱く。決して離しはしまいと。
「ねえ、ノア、お願いよ。お外に出たいの」
「あなたには私がいるでしょう? あなたには私以外、いらないのよ。だからなにも見なくていいの。私だけ、私だけを見て。ね、もしまたそんなこと言うのなら、私、あなたの手足を切ってもいいの」
 美しき少女に魅入られた哀れな野鳥。自ら罠に飛び込めば、再び自由を手に入れることはかなわないというのに。鍵はかけられた。野鳥を欲し愛する少女に。二度と飛べない不自由を嘆くことも、手折られた羽をなおすこともできずに。




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