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ターゲット2




 薄暗いマンションの一室で、その淫らな水音は鳴り響いていた。断続的に甘い吐息が漏れては、時おり、嬌声が混じる。陰は女と思しきものが二つだった。
 片方の女――葵はやけに楽しそうに、一方の女――薫をせめ立てていた。また、なすがままにされている薫は、ただその行為を受けいれる。小さく抗ってみせるも、それは抵抗にすらならず、葵の肌を指が弱々しく滑り落ちていく。葵が指をゆっくりと動かせば、薫は小刻みに肩を揺らした。いよいよ最高潮に達しようとした薫を見はからい、葵は指を止めじっと薫を見つめた。
「どうして止めたのって顔、してる」
「別に、そんな」
「私の問いに答えられたら、続きをしてあげる。ねえ、どうして旦那と別れたの?」
「それはっ……あなたが……」
「そう。仕組んだもの。でも思惑通りになった。あなたは私のものになった。でもあなたがこんなに早く旦那と別れるなんて予想だにしなかったわ」
 葵に言われ、薫は返す言葉が見つからなかった。
 もともとは薫の夫と葵が不倫をしていたのが発端だった。薫はそれまで、夫に尽くす良妻であり、何一つとして落ち度はなかった。夫も、そうそうたやすく他の女になびくことがなかった。だが、そこに葵の魔の手は忍び寄った。すべてが葵の計算通りだった。妖しく美しい葵に、薫の夫は次第に惹かれていった。明確に手を出したのは、薫の夫の方だった。葵がそう仕向けた末のことだった。
 葵と薫の二人は高校生の頃に知り合った。とはいっても、友人と呼ぶには頼りなく、まさに知人程度の仲だった。それが何故、こういったかたちで再び縁を呼び寄せたのか。それは、葵の初恋の相手が薫だったからだ。葵は思いを告げることなく高校生活に終止符を打ち、大学を卒業すると、しばらくは何の変哲もなく銀行員をしていた。だが、そこに口座の開設をしにきた薫とその夫が現れた。そして、葵の思いは再び沸騰した。それはずっと秘めていた感情が、まるで爆発したかのように。葵は策を練り、薫の関心をどうにかして自分の方へと向けたかった。それがたとえ、恨みや憎しみのような感情だとしても。葵の策は実に巧妙であり、薫はまんまと罠に落ちた。葵はやっと手に入れた薫に、小さく笑っていた。おろかで愛しい私の薫――そう呟いた葵に、薫は心底悔しそうに顔を伏せた。

「あなたが憎い」
「それならどうしてあなたは私とこうやって愛し合っているのかしら?」
「くっ……憎いのに……あなたが、私を捕らえて離さないからよ」
「私のせい?」
「そうよ! どうして私、あなたから離れられないの? あなたを忘れられないの? こんなのおかしいわ!」
「でも最初はあなたが仕掛けたのよ。私をあなたから離れられなくさせた。私だって未だにあなたが憎いわ。私を選んでくれなかったもの」
 葵がにこりと微笑むと、薫は至極悔しそうに顔を背けた。構わず葵は止まっていた手を動かしはじめる。豊満な胸に手をやれば、薫は小さく揺れ動いた。
「言葉なんかより身体が一番正直ね」
 薫の胸の小さな突起を、葵は触れるか触れないかの位置で弄ぶ。そのたびに薫の身体には電流のような快感が走った。薫の身体がびくりと動くたびに、葵は面白がった。いともたやすく自分の手に落ちた薫を。快楽に身を委ね、だが羞恥に顔を真っ赤に染める薫を。
 ――滑稽でおろかでばかで可愛い私の薫。誰にも渡しはしない。まるで混沌として歪んでいる葵の独占欲は、小さくなるばかりか、次第に膨れ上がっていく。そんな葵のことを、薫は確かに愛してしまっていた。歪みきればなれの果ては、きっと正しい形に――そう思うことこそが奈落の底へと向かう序章に過ぎないのだと、薫は気づかない。ただ、葵がそうであるように、薫もまた、盲目的に狂いはじめていた。それは愛によく似た、毒とも知れずに。




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