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思い出


「一つ昔話でもしようか。」
存在を消された一組の家族の話だ。





「やあ、デスコール。暫く来なかったけね。また、会えて嬉しいよ。」

レイトンの研究室に侵入し一番に掛けられた言葉に私は多少の不安を抱いた。
何度も言うが私とレイトンとは敵対しているわけだし(一緒にお茶をするが)、会えて嬉しいという言葉はおかしいのではないかと…。
しかし、最近だとこの不思議な密会か自分の密かな楽しみであることは認めざるを得ないのは確かだった。

「外は寒かっただろう?今新しい紅茶を準備するから待ってて。」

無言である私はいつものこと、とでも言うようにレイトンは勝手に紅茶を用意し始める。
なぜ敵にこんなことまでするのだろうか、理由は言うまでもなく彼も私と同じ気持ちなのだろう。
ただ両者は決してそれを口にしない。
いつか、それも近いうちにこの密会は消えてしまうのだから…。
定置席となってしまった窓側に近いソファーに腰掛け目の前にある丸いテーブルの上に湯気が立ちいかにも美味しい匂いを放つパイが置いてあるのに目が止まった。
はて、ここに置いてあるのは何時もは食べ頃のリンゴ(腐ってる所は今のところ見ていない)であったはず…。
出来立てホヤホヤ感丸出しのパイを見ていると、そういえば今日1日まともな食事を取っていないことに気がつき、一度脳がお腹減ったと認識すると内臓全てかそれを主張するようにぎゅるぎゅるぅとお腹がなってしまった。
クスクスという笑い声に、ハッとパイから目を反らし右を見上げると、紅茶が入ったカップを片手に持ったレイトンと目が合ってしまった。

「どうせ今日もまともな食事をしていないんだろう?そのパイ一人では食べきれないから食べていいよ。」

そう言うと同時に、パイが置いてあるテーブルに紅茶とお皿とフォークが置かれた。
お皿もフォークはいつの間に用意したんだ、とも思ったがそういえば目が合った時もう片方の手に何か持っていたなと思いだし、もともと私に食べさせようとしていたのだと分かった。

「ふん、エルシャール・レイトン教授は見た目不器用そうに見えるが料理は得意なのかな?」

彼がもともと料理をしないのは分かっていたが、お腹の音を聞かれて恥ずかしかったのもあり、仕返しの意味もあった。
しかし、彼は仕返しされたのだと思っていないようで笑いながら、違うよ、母親がつい先ほど差し入れで持ってきてくれたんだ、言った。
相変わらずこの男は鈍感である。

「母が作るパイは、自慢じゃないけどそこらへんで買うものより美味しいよ。」

笑顔でカットされたパイを渡され、暫し固まってしまったが、どれそこまで言うならば食べて見ようじゃないかとフォークを右手で持ち一口食べてみた。

ふむ、成る程…もう一口
ほう、リンゴパイか…もう一口
これは、なかなか…もう一口

カツンッと鉄とガラスがぶつかる音が手元からして皿を見るとそこには既にパイは跡形もなくなっていた。
もう一口、もう一口と思っている間に全て食べてしたまったのだろう。
何て恐ろしく美味しいリンゴパイだったのだろう。
そして、なにか忘れかけていたあたたかさを感じたようにも…。

「どうだった?美味しいだろう?」

この事に関しては認めざるを得なかった。

「嗚呼、なかなかの味だったよ。」

そして、余計な記憶までもを思い出させてもらったよ。
口には出さなかったが、隣に座っているレイトンは何かを感じ取ったらしい変な所で敏感な奴だ。
このまま触れないで欲しいと願ったが、案の定どうしたんだいと聞いてきた彼に思わず苦笑してしまった。
多分、これかレイトン以外の奴なら苦笑よりまず先に怒りのほうが来ていただろう、貴様には関係ないと。
しかし、何故か彼には話したくなった。
ただ気まぐれに、たまには此方の話もしてあげないと私ばかりがレイトンの事を知っているのはフェアではないではない。
皿を置きレイトンの方を向き切り出した。

「一つ昔話でもしようか。」

レイトンは一瞬止まったが静かに耳を傾けてくれた。
恐らく私自身の話だと分かって聞いているのだろう。
私は静かに思い出すように話し出した。

――昔々、妻と娘を持った学者がいた。
研究に勤しむ彼であったが家族の時間はとても大切にしていた。
妻は料理上手で年頃の娘もまた料理に興味をもっていた。
そんなある日、研究が長引き夜遅くに学者が家に帰るとテーブルの上には冷めきったパイが置いてあり、そばには置き手紙があった。
内容は、娘が初めて作った料理です。
パパが戻って来るまで寝ないって駄々を捏ねてたんだけど、結局寝てしまったので先に寝ますね。
おやすみなさい。という他愛ない文だった。
娘が初めて作った料理と聞いて学者は凄く喜んだ。
今日あった嫌な出来事を全て忘れられるようなそんな気持ちになった。
学者はその場では食べずに皆で食べようと思いそのままにした。
翌朝になり学者は早朝から出掛けた。
妻と娘は起こさずに置き手紙で出掛けてくるとだけ伝えた。
娘の初めての料理に関してはなにも触れなかった。
これは紙ではなく本人に直接伝えたかったからだ。
嬉しかった、よく頑張ったなと。
しかし、学者は伝えることは出来なかった、二度と。
彼は今尚ふと思い出すときがある。
娘が作った料理はどんな味だったのだろうかと、妻が料理上手だったのだからきっと美味しいに違いない。
そして、美味しいと言って娘の頭を撫でてやり膝に乗せて幸せな家族の時間が訪れていたに違いない。
今となってはもう想像しか出来ない。
辛い、苦しい、会いたい…!
だから、学者は忘れることにした。
家族のあたたかさは全て――

「この物語の続きはない。これで終わりだ。」

隣にいるレイトンに目をやると、彼は静かに目を閉じて聞いていた。
そして、ゆっくりと目を開き、デスコール…と私の名前を呼んだ。

「なんだ?そんな同情したような目をしても、世の中なにも変わらない。目の前にあるのは何時も現実だ。」

レイトンは首を振った。

「すまない。そういう目で見たわけではないんだ。」

すっかり落ち込んだ様子のレイトンは、それ以降なにも喋らなくなってしまった。
まあ、無理もないだろう。
愛する人を失う苦しみは嫌ってほど彼はわかっている。
多少変えた所もあるが少し喋り過ぎたなと自分でも思い今日は退散することにした。
ソファーから立ち上がると、黙ってしまったレイトンが顔を上げ、もう帰るのかい?と聞いてきた。

「嗚呼、用事を思い出したのでね。失礼するよ。」

扉の前まで移動しドアノブに手をかけ、一ついい忘れていた事をおもいだした。

「レイトン、パイご馳走になった。」




(娘に言えなかった言葉)

伝えたかった言葉

END

20130314.



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