風の入口
君がいない世界
いままではそれが当たり前だった
君がいない世界
何かを期待する自分が見る窓
君がいない世界
自分は何を期待しているんだ ?
昼休みの大学は生徒たちの楽しい会話で溢れ、天気の良い今日は外に出てランチをとったり、木陰の下で昼寝をしたり。
実に様々な過ごし方を楽しんでいる。
窓を開けているある部屋にそよ風が入り、机に広がる紙たちが少し積もった埃とともに宙に舞った。
バサバサと落ちる紙を気にとめる人はこの空間にはいない。
風はいっそう強く窓から入り込んだ――。
「教授、いらっしゃいますか…? 」
三回ノックをし扉を開けたレミは、少し散らかった部屋を見渡した。
部屋には誰も居なく、窓から入ってくる風に彼女の髪はほんの少しだけ靡いた。
「また、窓を開けっ放しにして」
思わずため息をつき、手にしていた書類を机の上に置いた。
もちろん、飛ばされないように近くに置いてあった化石を上に乗せて。
扉を閉め鍵をかけた後、部屋に散らばる無数の紙を拾いにかかった。
一枚また一枚と拾っていき最後の一枚を拾おうとした時、部屋の扉が開いた。
「あ、教授」
扉を開いた人物は、この部屋の持ち主のレイトンだった。
彼は一瞬止まった後レミの言葉に気が付いた。
「あぁ、レミか。どうしたんだい?」
「どうしたも何も、窓から風が入ったみたいで紙が――」
ガチャ――
レミが手にしていた紙たちが再び宙に舞う。
窓から入る風のせいで髪が目にかかり指で払い床に広がる紙たちを横目で見てから、原因であるレイトン教授を見た。
「教授…?」
レミに背を向く形で今だ窓際にいるレイトンは、一言言った。
「窓は、済まないが閉じないでおいてくれないかな。レミ」
その声は普段のレイトン教授と何も変わらない。
しかし、変わらないこそ判るいつもと違う発言。
「教授は、…」
レミは思わず問う。
「何を期待しているんですか…?」
彼女の質問と同時に部屋には先程とは違う一際強い風が吹き混んだ。
レイトンは珍しく黙ったまま窓の外の世界を眺めていた。
「……」
「……」
沈黙。
外に居る学生たちの声が小さく聞こえた。
『今日の風は気まぐれだね』
レミは思った。
確かに今日の風は弱く吹いたり強く吹いたり、実に気まぐれだ。
レイトンが答えたのはしばらくたった後だった。
外を見つめながら、
「…何かが入ってくる事を期待している、のかもしれないな」
「え…?」
「正直、判らないんだ」
自分が何を期待しているのか、何故窓を開けたままにしているのか、何故こんなにも――。
レミには気づいていた。
でも、なんて言葉をかけたら良いのか判らない。
こちら側としてはとても複雑だから、本当に彼は最後までレイトン教授を悩ませる人だ。
気まぐれに現れるては去って行く人。
最期も自分勝手にに逝ってしまった。
あの場にいた教授は、これで終わりだという安心と共に傷付いた。
本人は判らないと言っているが、本当は何も遺して行かなかった彼を待っているのだろう。
二度と来ることのない人を待ってるこの教授は酷く愚かに見えた。
ここまで愚かにさせた彼を憎らしく思い、また羨ましく思った。
レミは言う。
今の教授にとって残酷な言葉を――
「窓を開けていても何も来ません」
「…嗚呼」
現実を、夢を見ている教授に突き付けた。
慰めでもなく哀れみでもなく、現実を。
何故そんな事を言ったのか、それは嫉妬心。
レミの瞳に映った教授の背中は小さく見えた。
「誰も来ません」
「…嗚呼」
レイトンは思った。
本当は何を期待しているのか自分でも判っている。
叶う事のない期待を抱いている自分の姿はどんなに愚かで滑稽なのだろう。
彼は来ない
もう、二度と
嗚呼、君の言う通りだ
バタン――
自分で閉めた扉からはもう風が入る事はない。
閉める時に呟いた別れの言葉
「さようなら、 」
やっと言えた。
END
20110228
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