短編 音なき艶めき(男審神・鶴丸中心) 僕は小さな頃から不思議なモノ達が視えた。 それは、兄が入り浸る父の書斎、弟達を見ていた祖母の部屋の鏡、押入れからたまに出てくる季節毎に変わる花瓶や置物。古く、大切にされている物たちのそばに在った。 語りかけてくるのは自分の歴史ではなく、それらが見てきたものを語り聞かせてくれた。兄弟のなかでひとりだけ、身体が弱かった僕がひとりで寂しくないように。 今となれば、その身体の弱さはそのモノ達の語りを必要以上に聞いて、触れて、視ていたせいだったのだけども。 それらは所謂、付喪神というものだったらしい。 そして、僕はいま、その付喪神と一緒で違うモノ達と共に在る。 打ち上がった刀剣に触れると、顕れるモノ達は刀剣の付喪神。 僕は眠ってる物の想い……彼等を目覚めさせる力があり、それに目を付けられて不思議な空間にほぼ住み込みで戦争の手伝いをしてる。 指揮官は僕。戦うのは僕が目覚めさせた刀剣に宿る付喪神。 まぁ、こんなふうに語ってるけど、僕自身はそれなりに毎日を気楽に過ごしてる。 ■■■■ 「ここに主が来ただろう? どこに行ったのか、教えてくれ」 歩くというよりは早く、早歩きにも見えない足さばきで歌仙がやってきたと思ったら部屋に入る許可も得ないままに用件を口にする。 「おいおい。断言かよ。確かにいたけども、ちゃんときみの気配を察知して隠れたから主の気が向かない限り会えないと思うぜ」 そんな歌仙に鶴丸は苦笑いしながら教えてやると、それは深い、深い、ため息を吐いた。 「……全く、目がいいのがこんな時には厄介だね。わかった。今日のところは諦めるとするよ」 鶴丸の言葉に納得して来たときとは全く違う、ゆったりとした足取りが聞こえなくなってからスッと押入れの扉を開ける。 「歌仙追い返してくれてありがとう、鶴丸」 その気になれば一日中誰にも会わずに逃げることは出来るけど、それはそれで疲れるし、時間の無駄だから助かったと礼を言えば、追いかけたら逃げるということにいつ気づくのかねぇ。ほっといたら来るのになと笑う。まったくもってその通り。追われたら逃げるタイプだし、追われないと寂しがるタイプです。 「……で、今度はなにをやらかしたんだ?」 「人聞きが悪いな。なにもしてないよ」 さっきは歌仙に笑ってたくせに鶴丸こそ断言か。 「日頃の行いを振り返るんだな。光る泥団子事件はある意味この本丸の伝説だぞ」 「それは悪かったと思ってる」 けど、気付かなかった和泉守も悪いと思うんだ。 それは、まだ刀剣の少ない初期の、鶴丸がまだ来てない頃。通販のオススメ商品に光る泥団子が送られてきたことが発端だった。このとき、泥団子がオススメされることに疑問を持ってはいけない。いいね? 思わずリンクをクリックすると案内通り、ピカピカの泥団子。キラキラと光る丸い玉……あとはもう、言わずがな。 刀装部屋のストックの中に忍ばせて反応を楽しもうとしたのは僕です。 楽しもうとしたんだよ? でも、みんな泥団子に反応もしなければ、手に取ることもなくて、不発だったとガッカリして終わったと思ったんだ。ていうか、反応がないのと、僕の泥団子の出来が本物そっくりで、置いてたことをすっかり忘れた頃に時間は起こった。 ……和泉守が泥団子装備して出陣しました。 いやぁあれは驚いた。しかも気付いて戻ろうとしたときに検非違使出陣。泥団子に笑ってたときに現れるから更に笑うしかないし、僕の反応にヤケになった和泉守が泥団子検非違使に投げたら槍をその一撃で撃破。 僕は泥団子に殺されるところだった。主に腹筋的な意味で。 そして、泥団子は投石になると知ることができ、そして泥団子は伝説になった。 泥団子オススメです。玉鋼不足の際にお試しあれ。お値段はワンコインです。 そんな我が本丸の小さな伝説はさておき、やらかしてはいないが、追いかけられてる理由はちゃんと知っている。 「歌仙はお留守番って言ったからだろうな」 「留守番? おいおい今から外出か? また面倒な時間に出るな。帰る頃には夜になるんじゃないのか」 「うん。そして、その外出に付き添うのはきみだよ、鶴丸」 「……さらばだ、俺の夕餉」 「夕飯くらいちゃんと僕が用意するから大丈夫だよ」 「だから、なんだがな」 あぁ、いつもの光景を思い出してなんとなく察した。ごめん鶴丸。 「悪いとは思うけど、今回は鶴丸以外は連れて出るつもりはないからよろしく」 「わかった。すぐに支度する」 断られることはないと分かっていたので自分の準備は万端だ。鶴丸に準備してもらってる間にこの部屋から誰にも見つからないルートを確認するために本丸の中の様子を視る。 生憎そんなルートはなくて、どれが一番騒ぎにならないかを選択して、ついでに伝言も頼んで本丸から出ると、そこは政府公認の万屋。 行き交う人や、刀剣……そして、妖からの視線と色が飛び込んでくる。もう少し感度を抑えなければ。 「大丈夫か、主」 「……うん」 浴びせかけられる思念を振り払うように頭を軽く振って調整して顔をあげる。 家にいた付喪神がいつでも見て欲しいと可愛がりすぎたせいで、視る力は煩わしい程にある。見ようとしたら感情の色まで見えてしまう程に。僕を前にして、求める感情が。幼少から付喪神に慈しまれ、成人しても尚、子供のような霊力が溢れてしまってる僕を珍しいと見つめる刀剣達に、喰らいたいと狙う妖。審神者が多く歩くこの場ではそのズレに気付いてしまう人も出てくる。あとは僕の見目が普通よりは上なのもあるかな。それを全て無視して、鶴丸を連れて歩く。 「予想以上にこちらに向けられるものが多くてびっくりした」 「面倒な時間だと言っただろう」 「うん。もうすぐ夕方だ」 逢魔が時。大禍時。 黄昏時。だれと問いかけてはいけない。 魔物たちが罠を張って待ち構える、彼等にとっては、これからの時間。 普段の僕ならまず出ない。 「呼ばれた気がしたんだ。ここに来ないといけない気がした。いま、この時間に」 「主の場合はこの時間が特に危ないだけで、常に危険なのは変わらないから俺としてはやることは同じだからいいけどな」 「うん。いつもと変わらずに、適度に僕を守って」 「その『適度に』が難しいんだが……」 こうして話しながら歩いてる間にもベルトで固定して隠し持ってたジョイント式の棍を取り出しては害なすモノを祓う。鶴丸は横を歩くだけなので自信なさげに呟くが、鶴丸はそれが出来る刀剣だ。歌仙だとガチガチに警戒してしまうからこういうふうに思うように動けない。 「主ばかり働かせて悪いと思ってるが、ここまで溶け込まれると俺達には視えないからなぁ」 「本当にヤバイのが来たり疲れたらお願いするから、それまでは体力温存してて」 微弱すぎるのもだけど、力があるモノほど、隠れるのが上手い。視える力が強くて、多少の武術と祓う力があっても浄化は出来ない。体力も霊力も所詮は人間のレベルだ。そんな僕よりも刀剣に斬ってもらったほうが確実だ。その場合、モノによっては滅してしまうことになるけども。 「……うん?」 「どうした?」 「なんか変なのがいる。アレは―…審神者もどき、か」 審神者だけど、そうじゃない、審神者だったもの。 ゆらりゆらりと何かを必死に探している。 なにもしないなら視えないふりして通り過ぎようと思っていたが、下ばかり見ていたソレはこちらを見た。 「……!」 その瞬間、鶴丸がザッとその場から退く。おい、僕を忘れてるよ。なんて、通常なら突っ込む場面だけど、今のはそれが正解。このモノは鶴丸しか見えていない。僕を抱えて退いたら僕にも興味が向いてしまう。それは避けたかったから。コレは貪欲な、自分に得になるのもはなんでも欲しがるからダメだ。 「まて。こんなに禍々しい気配が一気に膨れ上がったのに、なんで一緒に退いてないんだ!」 「鶴丸にしかそれが向いてないから。抱えてこないでひとりで退いてくれてありがとう」 これが歌仙なら確実に僕を抱えて退いて、今頃アレに向かって抜刀してる。 「なんか、鶴丸にすごく執着してるみたい。がんばれー」 「なにをどう頑張れと!? 斬ればいいのか?」 「とりあえず、そのまま注意を引いといて」 どうやって!? と聞いてくる鶴丸は放っておいて、意識を集中させる。アレにかき消されてるけど、確かに在るのを感じたから。僕を呼んでたモノの気配。 「……見つけた」 きょろりと見渡すと、アレとは少し離れた場所がここだと揺れる。草葉の影の落ち葉をそっと払うとくすんだ赤が目に入る。他の人が見たら多分、黒と答えるだろう欠片を拾い上げる。 「だから、鶴丸に執着してるのか」 手にした瞬間に全て繋がって、アレを改めて視る。 「主!」 その視線に僕に、そして、手にしてるモノに気付いたアレ。一層気配を強めてこちらに突進してくるのが鶴丸にもわかったのだろう。遅れてこちらに向かって走り出す。 「そこまで堕ちたらもはやヒトでもないね。穢れの塊だ」 モノとしてしか視てなかったが最後に人として、審神者だった姿を見る。 「――鶴丸」 「任せろ!」 コレは僕じゃなくて、鶴丸に斬らせないといけないモノだ。 僕の声でこのモノは振り返り、鶴丸を『見た』 『 』 「!?」 叫びに眉を顰めながら鶴丸は躊躇なく首を斬り落とす。 コトンと落ちることなく消える。 「聞こえた?」 「ああ……『またお前か』だとよ」 僕は声は聞こえない。相手がこちらに伝えようとしていることは別だけど、聞こえるのはよほど波長が合わないと無理だ。コレのように。 「それを手にしてから気配が穢れに変わったな。それは……」 「きみと同じ『鶴丸国永』」 「まさか、」 「鶴丸が斬ったのは審神者だったモノ。そして、この『鶴丸国永』はそれを斬って折れた欠片。回収されずに残ったのが審神者の血が残っている部分だった為に、審神者はここに囚われ呪われ、そして『鶴丸国永』を呪って探していた。還りたいのに還られなくて、助けを求めていた声が偶然僕に届いたわけだ」 なんてことない、よくあるお話だね。 「ソレはどうするんだ?」 「元があった本丸の情報と一緒に政府に送りつける」 触れた時に視えたけど、この『鶴丸国永』には会ったことがあった。その主の審神者とも。 どちらも良くない色をしていたのを覚えてる。 「多分、これはどちらも妖が持って行っちゃってるから……返して、現状を教えないと残った子達が大変なことになるんじゃないかな」 この『鶴丸国永』も残った刀剣達を心配してる。欠片でも綺麗にしておうちに帰して、還してもらったほうがいい。手入れの要領で見た目だけ綺麗にして鶴丸に差し出す。 「鶴丸の方が癒せると思うから持ってて」 「わかった」 慎重に受け取って持たせていたお守りの中にしまうのを確認して帰路に着く。 行きの時点で結構な数の妖を相手したからか、帰りは少し遠巻きに眺められるだけで、寄ってきたのはあの場に囚われて穢れを巻き散らかされて困っていた妖が礼を言いに寄ってくるくらいだった。害意のないやりとりなら大歓迎なのに、外ではあまりその機会がないのが少し悲しいが、今回はそれを得られただけでも収穫があったと言えよう。 ほっこりした気分で戻ると、帰ると伝えて会った時間よりも早く戻ったのに、歌仙と長谷部が門のすぐそばに控えていた。 「えっと……ただいま」 「おかえり、主。出かけるとは聞いていたけど。今日出るとは聞いてないよ」 「うん。だって、言ってないからね。はい、お土産」 「ありがとう。この箱はあの店のタルトだね! って、物で懐柔しようとして!」 「そんなつもりはないのだけどな。今回は鶴丸じゃないとダメな気がしたからこうなっただけで……実際そうだったし、怪我もないから。怒るのは僕だけにしてね」 「主!」 「うん。心配してくれてたんだよね。ありがとう。大丈夫。ちゃんと分かってる」 そのタルトをお土産にもらえて嬉しいのも分かってるから。 「長谷部もありがとう。知らせずに出たのに歌仙と一緒に怒らずに待っててくれて」 「いえ……知らせないのが最善だったのならば……ましては済んだことを俺がとやかく言うことはありませんから」 「そうか。伝わったならいい。歌仙」 誉桜まで散らし始めた長谷部。これは視えなくてもわかるので、まだ拗ねてるフリをしている歌仙に声をかける。 「なんだい?」 「僕達、お腹空いてるんだ。中に戻ろう」 「なんで外で食べてこなかったんだい!」 機嫌が一気に下降した歌仙に、思わず鶴丸のうしろに隠れて盾にする。 「出るときに歌仙が台所にいるのが視えたから……歌仙のご飯たべいって言って主が譲らないから、食べずに帰ってきたんだ。なにか残ってるか?」 鶴丸の言葉に少し機嫌が直る。歌仙の機嫌パロメーターはたまにわからない。 「ないことはないが……酒盛りの面子が食べてしまってるかもしれない」 「なに!? それはいかん。台所に急ぐぞ」 「うん。手を洗わないとね」 「飯の心配をしろ!」 「ない場合は約束通り、鶴丸の分は僕が作るから心配しないでいいよ」 僕の言葉にそれも大切だが、気にすべきところはそこじゃないと怒るから心配ないことを伝えるが、僕が作ったら余計に鶴丸にご飯があたらないかもしれないことに気付く。特に酒盛りメンバーは僕が台所に立つと寄ってきて作ったそばから消していく。鶴丸に勝ち目はない。 どうしようかとチラリと歌仙を見ると、困ったように笑って「残ってなかったらまた作るよ」と言ってくれたので、僕は改めて心配ないことを伝えるべく先を行く鶴丸を追いかける。 目の前で、鶴丸の御守りがある場所がキラリと光った。 光は白く輝き、鶴丸に溶けて、消えた。 悪い色はもう、見えない。 END [*前へ] [戻る] |