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短編
dolce(アラウディ)

 ここ数ヶ月、フラリとやって来てはお茶を要求する青年がいる。
 毎回疲れた様子に同情して言われるままに出して。そしてある日、手作りのお菓子をお茶請けに出したら、食べた時の反応が予想外に可愛かったから…というのもあり、それからお菓子を作る頻度が上がったのは目の前の青年には秘密だ。

「また来たの?」

「お茶、淹れてよ」

「アラウディ、ここはカフェじゃないのよ」

 ため息を吐きながらも私は、彼の為にお湯を沸かしながらオーブンではパイを軽く温める。今日はベリーパイだからキームンにしようか。
 こちらの様子を少し身体をずらして気にする様子が、目の前にさげてある調理器具にボンヤリと映るのが見えてしまい、口元が緩んでしまう。職業柄なのか、事前にどんな小さな情報も知りたがるのはもう癖なのだろう。たまに鬱陶しくもあるが、今のところそんな時は我慢している。

 ついでに自分の分のお茶を淹れたら、サーブ用の新たなお茶とポットを持って、テーブルにつく。
 はいどうぞと、カップとパイを置くとアラウディはすぐにお茶に手をのばした。
 まずは香りを楽しんでから一口。その動作だけでこの男はすごく絵になり、密かに少し見惚れる。それがなんだかすごく悔しい反面、見るのが好きなのだ。
 私もお茶にお砂糖を少し入れて、高まった香りを堪能してから飲む。
 自分だけが飲む時には出ない、おもてなし用の味。これを出せるようになってからそこら辺のカフェではカフェラテかチョコラータになってしまった。

 これまたパイも優雅に食べる彼を横目に、私は黙ったまま作業途中だった刺繍の作業に入る。
 私はあまり話すのが得意ではない。基本的に彼が来ても無言だ。彼の目的のお茶は出したし、聞かれない限り話はしないが聞くことはするので、文句を言われたことはない。言われたところで追い出すだけなのだが。

 砂時計が終わってポットのお茶をサーブ用のポットに移す。お茶はおもてなし用の味でもお客様扱いはしないので、気を遣わずに目の前で移し替える。
 勝手におかわりしてと、お互いの手の届く位置にポットを置いてコジーを被せると、彼のほうからふわっと別の香りがした。

「来るならせめて、そのにおいを落としてから来てほしかったわ」

 彼から女の香りに思わず眉がよるのが自分でも分かった。
 一度気づくと鼻について仕方がない。

「帰るより、こっちが近かったんだよ。…気になるかい?」

「お茶の香りに合わない。なに。その言い回しは仕事でそうなったの?」

 聞いてほしいという雰囲気を醸し出したので、目線は刺繍で話を振ってみる。

「今回の必要な情報を持ってて、一番手っ取り早いのがその女だったんだよ」

「ふうん。貴方自ら出るなんて珍しい。いつもなら部下任せでしょうに」

「好みが綺麗な男だったから。部下に僕以上にぴったりな奴はいなかったんだよ。綺麗ってよく言われるから、僕は綺麗な男、なんだろう?」

「えぇ、えぇ。とても!」

 見ていて腹立たしく、今のその顔も女の私が見ても羨ましいほどに。こんな男と外で絶対に並びたくない。
 思わず針を勢いよく刺す。出来ることならこの男の顔に刺してやりたいと思いながら。

「その顔のおかげで情報はすんなり手に入ったみたいね。そんなに香りが移るほどに接近出来たんだから」

「あぁ、うんざりするほどに尻尾を振って、あちらから寄ってきたよ」

 それにしても、いつも思うけどこんな風に漏洩してしまってもいいのだろうか。支障がないから話すんだろうけど。はぁ、と大きく息を吐き出すと、面白そうに覗き込まれた。

「…不機嫌そうだね。妬いた?」

「………」


 呆れてものが言えないとは、こうことをいうのか。全くどうしてそういう発想になるのだろう。思わず更に大きなため息がでる。

「何故、私が、好きでもない貴方に妬くのよ」

 私の言葉に首を傾げてキョトンとする。

「君は僕が嫌いじゃないだろう?」

「………」

 その聞き方は卑怯だ。

「そうね。好きか嫌いかなら好きね。ただし、限りなく嫌いに近いけれど」

「どうして」

 嫌われるようなことしてないだろうと、不思議そうにするアラウディを私は軽く睨みつける。

「これまで貴方と一緒に過ごした時間に、私が笑うことなんてあったかしら、アラウディ。今のような意地の悪い聞き方をするのも私は嫌い。それに私は、もらった分だけ返したくなる質ですから。もちろん好きという気持ちもね。私に好かれたいなら、それ相応の態度をとってちょうだい」

 アラウディは見て綺麗で眺めていたいと思うけど、人として好きかと聞かれたら好きだけど微妙。異性としては近寄りたくもない。

「…伝わってない?」

「なにが?」

「『好きの気持ち』」

「はっ?」

 この男は今、なんて言った。
 思わず手と思考が止まる私に反して、口元に手をやり、伝わってないのか。だからか…と思いを巡らせるように思案している。

「ねぇ。君はもらったら、もらった分だけ返すんだよね。今、そう言ったよね?」

「えぇ。私の返したいと思う分だけ、だけど…」

「気持ちには、気持ちを?」

「えぇ。もらったら、ね」

 いつの間にか隣に立って私を見下ろす瞳に、警鐘が鳴り響く。今、逃げなければ。逃げなければ―…私はどうなるのだろう。

 椅子から身体をずらすと、肩に手をおかれた。逃がさないと彼の瞳が言っている。なんだか怖い。これまで感じたことのない雰囲気の彼が怖くて、身体が震えそうになる。

「…じゃあ、僕を君にあげるから、君を僕にくれない?」

「はぁ!?」

 予想もしなかった言葉に私は自分でも驚くほど大きな声が出た。

「な、な、なんでいきなりそんなこと…」

「僕としてはいきなりでもないよ。ちゃんと僕は、僕なりに態度に現していたつもりだけど、伝わってなかっただけで」

 思い返しても、そんなそぶりに思い至らない。
 フラリと来ては仕事の聞いても支障のないだろう話をちょっとして、私の仕事の様子を眺めて、たまに私の話を聞いてきたら意地悪ばかり言って。
 けれど、私の出すお茶とお菓子は優しい顔で飲んで、食べて。そんなアラウディしか知らない。

 頭ではぐるぐるとこれまでの彼を思い返し、きっとまたいつもの意地悪の延長で、からかわれているんだ。このあとに笑われるんだ、と思って目を合わせたら…お茶を前にした時と同じ顔をする彼がいて。

(なんで、そんな、優しい顔しているの)

 私が仕事をしている間、彼はこんな顔で私を見ていたのだろうか。

「知ってる?」

「な、なにを…」

 緊張から口の中が渇いて声が掠れる。あぁ、お茶が飲みたい。目の前にあるのにそれすら許されない空気だ。

「僕が仕事以外で、呼ばれてなくても自分から来るのは、ここだけなんだよ」

 その言葉と目の前のアラウディを見て、意味することを察することが出来ないほど、私は鈍くはない。
 これで、私をからかう為の演技だったら…と頭のすみでチラリとよぎったが、そうする利点が彼にはないし、女性に関して仕事以外で、そんな労力は嫌うというくらいは、彼を理解しているつもりだ。

「君は、僕のことは嫌いかい?」

「…嫌いじゃない」

「そう。僕は好きだよ」

「―…!」

 実際に言葉にされて、私の心臓は波打つ。その顔で、声で、その言葉は卑怯だ。

 しかもその言葉を耳にした途端に私の中で、ストンとなにかが落ちた。

「顔、真っ赤だよ」

「ううううるさい!!」

 確実に私は、今、彼の気持ちを受け取ってしまった。しかも受け取ったら返さねばという気持ちも少なからず生まれてしまった。

「君がいらないって言っても、僕は君がお腹いっぱいと言うくらいに僕をあげて、君をもらうからね」

 もう、その言葉でお腹いっぱいだから!と、私に言える勇気があれば、丸くおさまったかもしれない。そんな後悔するのは、私からアラウディに好きと伝えるために日々を過ごすようになってから。





End
■あとがき
名前変換ない…だ、と?
いきなり降ってきたアラウディ夢。
途中で諦めた感たっぷりの最後。これは彼である意味はあるのだろうか…とか思ったけど、浮かんだのが彼だったのだから仕方ない。
因みに私は今現在、アラウディをちゃんと見たことすらないので、イメージ違ってたらすみません。
2012.12.25

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