ドラゴン
第四話 澄明
モップを手に構えたアキアとハルは、じっとフロアを睨んだ。
「よーい……どん!」
「こら!お前らちゃんとやれ!」
床掃除で競争を始めた二人をリュウが叱り、エスは微笑ましくそれを見守った。
太陽十字が掛かる教会は日が差し込んで、昨夜の雨が嘘の様にきらきらと輝いている。
昨夜は依頼人の元へ行く途中で雨が酷くなり、雨宿りさせてもらったのだ。
そしてやむどころか激しくなる雨風に困り、結局一晩をここで過ごさせてもらった。
雨や泥で汚れた床を掃除するのはその礼に申し出たもので、司祭は戸惑いながらも受け入れてくれた。
エスはバケツでモップを洗い、腰をのばしてぽんぽんと叩いた。
「いいんですか?」
「はい?」
司祭はおずおずと言い難そうにエスに聞いたが、エスはふんわりと上品な微笑を浮かべるだけだ。
「いえ、その……。聖女様が太陽神の家にいらっしゃって大丈夫なのかと……」
エスは一瞬きょとんとしてから、ふふっと小さく笑った。
「僕達も皆、太陽の下で生きてますから。感謝するのは当然です」
司祭の顔が綻ぶのを見ていたリュウは、エスの純真な気持ちが通じたのだと感じて嬉しく思った。
「それに、お世話になった神父様も居るんです。僕にも分け隔てなく平等に接してくれて、救ってくれました。とても感謝してるんです」
「そうですか…!」
司祭は嬉しそうに驚いた。
「僕はずっと、その人の様になりたいと思っています」
アキアとハルは初めて聞く話だった。
二人にとってエスこそが救い主だから、そのエスが救われ目指す人が居る事が驚きだった。
雨が上がったばかりで、石畳はまだ何処も乾いていない。
「エス。服を引きずらないように気をつけろよ?」
裾を気をつけないと、屈んだりしゃがんだりした時に長いローブを汚してしまう。
白いから汚れると目立つし、洗濯が大変になる。
「はーい」
ちゃんとわかってるのかいないのか、間延びした返事がいまいち信用できない。
言っておかないとうっかり……という事があるので、リュウは心配なのだ。
「……ねぇ」
アキアが自然に近付き、リュウに歩幅を合わせて前を見たまま話しかけた。
「隠れる気ゼロの派手な人がついてきてるんだけど」
「一人で嬉しそうに笑ってるのが余計恐いよ」
ハルも声を抑えて訴えた。
「とりあえず危害を加える気は無さそうだが、警戒はしておけ」
そう言って、リュウは数歩前を歩くエスを見た。
「遅れちゃったから、謝らないとねぇ」
申し訳なく思ってるのは嘘じゃないが、それ以上に仕事を楽しみにしているのが後ろ姿でもわかる。
今回の依頼は幼稚園からだから、子供が好きなエスは園児達と遊べるのが楽しみなのだろうと容易に想像できる。
幼稚園に着く頃には、道も大分乾いてきていた。
この辺りは雨がそれほど酷くなかったのかもしれない。
「遅れてすみません」
頭を下げると、園長はとんでもない!とかしこまって逆に深々と頭を下げた。
「嵐の中わざわざお越しいただきまして……」
依頼は園児達との花壇作りだが、園児達とのふれあいという意味合いが強い。
「花壇を作る辺りにはシートをかけてましたから、今頃乾いてると思います」
「よかった。それじゃあ今日出来ますね」
「子供達も皆、楽しみにしていますよ」
何処かそわそわと落ち着きない雰囲気の先生方の緊張は、エス達と対面した時にピークに達した。
丁寧な挨拶を受けて恐縮していたが、楽しそうなエスの笑顔を見ると少し和んだ。
先生が先に教室に入り、子供達に今から花壇作りをしますと説明すると、元気のいい揃った返事が響く。
「それでは、昨日もみんなに説明しましたね?みんなの花壇作りをお手伝いしてくれる、お兄さん達が来てくれます」
「はーい!」
「みんなを手伝ってくれる人なので、お行儀よくごあいさつしましょう!」
エス達は教室の外でそれを聞きながら、自然と笑みを浮かべて互いに目を合わせた。
「お兄さーん!」
せーの、で子供達が呼ぶと、先生が扉を開けた。
エスを先頭に入っていくと、一瞬の静寂の後で驚き混じりの歓声が上がった。
子供達のほとんどの視線はエスに注がれている。
エスは、挨拶ができるようになるまで微笑を浮かべて子供達が落ち着くのを待った。
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