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ドラゴン

教会を後にしたアレックスを見送ったリュウは、神父に扮したエスが変装をといて出てくるのを待った。
アキアとハルには既に先回りさせていて、アレックスの帰宅を家に知らせに行っている。

出てきたエスにそれを報告しようと思っていたが、エスの顔を見てひとまず保留した。
泣きそうにきゅっと口唇を噛み、指は祈るように組んだままだ。

「エス?どうした、説得には成功したんだろ?」

エスはこくりと頷いた。
なら何故?と聞く前に、涙声が漏れる。

「彼が家族とうまくいくように祈ってる。でも、お父様の事を思うと……」
「残念だが仕方ないさ。父親が選んだ死に様だろ?それに、これをきっかけに家族の絆が深まる事を祈ってればいい。それが父親の残した遺産になる」

潤んだ目を上げて、エスは何度も頷いた。


窓から報告にやって来た黒蝶を待ちかねていたエスは、にこやかなその表情を見て安堵した。

「息子さん、ご家族にすべて明かされたそうです。最期まで頑固を貫いて死んでいった我儘な夫より、今生きている息子の方が大事に決まってると言ってやったと笑ってましたよ。強いですね、母は」

ホッと息をついたエスを見て、リュウ達は笑みを浮かべた。

「それで?自殺を突然死に偽装したら保険金詐欺になるだろ?」
「それですが、どうやらお父様は死を決意した時に身辺整理をしていたようで」
「なるほど。詐欺にならないように解約してたのか。だけど息子には証拠隠滅をさせたわけか?」

リュウの追及は最もだろうが、エスは悲しい顔をしてしまう。

「お父様の名誉を守る為、だそうです。奥様も、遺言だからそうしてやりたいと……」
「あとは!僕達が黙ってればいいんだね?」
「エス!」

聖女様とも呼ばれる人が、死因の偽装を黙認する気か!と、リュウは厳しくエスを睨む。

「そうですねー。故人の希望ですし」
「お前も…!」

命の尊さを理解しているエスがこんな事を言うなんて。
リュウはそう思って、気付く。
命の尊さを理解しているからこそでは?と。
故人である父親や、今生きている家族の意思を尊重する為なら、エスは何をも無視できる。
善し悪しはわからない。
けれどエスにとって命の前では、それらは小さいものになってしまうのだろう。
その命にとっての正義が、エスにとっての正義になる。

「わかった……」

リュウが折れると、エスは嬉しそうににっこりと顔を綻ばせた。

「では、今回の報酬です」

分厚い封筒を見て、アキアとハルは興奮して肘で小突きあった。

「いくらでも出すってのは本当だったのか」
「こんなに……」

リュウは素直に目を丸くしたが、エスの方は困った顔をした。

「これは、お父様が遺したものでしょう?こんなに貰えません」

肩を落とすアキアとハルには悪いが、エスは本気だ。

「一般的な時給の分だけにしてください」
「でもそれじゃあ、お詫びにならないですから」

封筒の押し合いをするエスと黒蝶を止め、リュウは溜息をついた。

「お詫びは口実じゃないのか?どうせこの案件をエスにやらせたかったんだろ」

リュウはうっすらそうじゃないかと思ってただけで、実際は嘘でも本当でもよかった。
ただ、それを言って黒蝶を引かせようと思ったのだ。

「ええ、まぁ。エスさんを信頼してますから」

黒蝶が納得して引いてくれたお蔭でエスはご機嫌だ。
こういう時のエスは頑なで、周りが無理に受け取ってしまうと落ち込むことがある。
エスは金銭よりも、人の気持ちの方により高い価値を感じているから。

「ごめんね?ダメな保護者で」

エスはしゅんと項垂れ、アキアとハルに謝った。
自分のこだわりが生活の困窮を生んでいる事もわかっている。
だからエスはいつも揺れるのだ。
けれどアキアとハルだってそんなエスを理解しているし、尊敬している。

「まぁ……。そんな分厚い封筒受け取るエスはちょっとな……?」
「うん。何か嫌。似合わない」

人の命を何よりも重視し、気持ちを大事にするエスだから好きなのだ。

「そーんな事も予想して、実は他に報酬を貰ってるんですー!」

黒蝶がテーブルに出した大きなバスケットには、パンが詰まっていた。

「ご家族みんなの手作りパン!その方がエスさんが喜ぶと思いましてね!」
「お前な……」

先に予想してたのか……と、リュウはやれやれと首を振った。
しかしエスの満面の笑みを見たら伝染して、一緒に嬉しくなった。

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