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ドラゴン

アレックスは父に怒られてばかりだった。
厳格で立派な父だとわかっていたからこそ、自分には父の理想通り応えられないと思っていた。
父の様にはなれない、と。
自分を諦めていた。

父が死ねばいずれ遺産が入ると言ったのは、心の何処かで思っていたからだった。
父に叱られてカッときて、傷付けようと思ってつい言ってしまったのだ。
けれどそれはあくまで遠い“いずれ”の事で、実際に父が亡くなる事を望んでいたわけではなかった。
ましてや、父を殺そうなんて。

ある時また父に呼ばれ、父の書斎に行った。
どうせ叱られるのだろうとわかっていたが、それすらサボれば、いよいよ父に失望され、完全に見放されてしまうんじゃないかという恐れがあったから。
だから口では反抗しながらも、努力する気はあるような事を言って父親の関心を繋いできた。

いつからか、父が可愛がってくれた幼い頃の事を思い出すようになった。
俺は、父が好きだった。
父の言葉を素直に聞き、理想通りになれなくたって少しは応えようとしていればよかったと思った。
気付いたのはすべて、父が死んだ後だった。

父は立派だった。
だから俺は父の名誉の為、罪を犯そうという意識も無く、それを行動に起こしてしまった。

「父が俺を呼んだのは、俺に見つけてほしいと思ったからだって思いました。でも……」

やっぱり俺は、最後まで父の言う事を聞けなかった。

「俺は、自殺は不名誉だと思ったんです。情けないって」

これは家族の名誉の為、家族の為だと思った。

「家族の為だと言いながら、本当は何より、俺がそんな父を見たくないと思ったから。だから、俺は薬のビンと一緒に、父の遺書を隠しました」

父は病気を隠していた。
時間が無いと悟っていた。
だからあんなに煩く息子を叱ったのだ。
息子が父の様になれないと頑なに恐れていたように、父も立派で完璧な父親でなければならないと恐れていた。
互いに素直になれていたら、こんな風にすれ違ったりしなかったかもしれない。

「父は、俺達の理想通りの立派な父で居続ける為に病気を隠し、死んだ。衰弱していくみっともない姿は見せられない、と」

素直になっていればよかった。

「そんなの……。そんなの、構わなかったのに…っ。そんな事で父を嫌いになったりしなかったのに…!」

自殺を選ぶ事の方が、余程家族を失望させる。
何故、そう気付かなかったのだろう。
家族が後ろ指をさされないよう、自殺だとバレないやり方を選ぶ配慮なんて要らなかった。

そして、薬のビンの処理を託されたアレックスは遺書まで隠し、家族にも自殺の事実を隠したのだ。

「薬のビンが見つかった時、バレたのかと焦りました。だけど俺がその薬で父を殺したと疑われてるとわかって、俺はそれを利用しようと思いついた。遺書を持って、逃げてきたんです」

誤解され、家族に憎まれてもよかった。

「それが、俺が父にしてやれる最後の事だって、思ったんです」

息をついて、じっと聞いていた神父様は口を開いた。

「貴方は、お父様の死から学んだのではなかったですか?」

沈んだ声がアレックスを諭す。

「素直になっていればよかったと。悔やみ、学んだのではなかったのですか?貴方は同じ後悔を、ご家族にさせるつもりですか?」

アレックスはハッとした。

「世間体にはお父様の名誉を守ったつもりかもしれませんが、ご家族は今苦しんでいるはずです。貴方がお父様を殺してしまったのなら、何故そこまで追い詰められる前に相談してくれなかったのか?と。そして貴方が殺してないのなら、何故何も言わずに居なくなってしまったのか?と」
「そうか……。やっぱり、自己満足だったんですね」

自分が父の自殺を認めたくなくてこだわって、家族の思いまで考えなかった。
憎まれてるに違いないと、自分の事ばかり考えていた。
そして家族にしてみれば、父の死さえ冒涜された事になる。

「ありがとうございました、神父様。帰って、本当のことを話して謝ります」
「よかった。神のご加護がありますように、祈って居ります」

神父は胸の前で指を組んだ。

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