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ドラゴン

「エスが侮辱されるのも、故国を侮辱されるのも、俺は悔しいと思う。だけどそれより、大切な事が俺にはある」

父の国を侮辱されたリュウが悔しくないわけない。
それに気付いて、アキアは顔をそらした。

「自分を空っぽだと言い、命までもすべて人のものだと言いきれてしまうエスが……。人の為なら、いつか自分の命を投げ出してしまうんじゃないか」

アキアとハルは息を呑んだ。

「犠牲になれと言われたら、そうなってしまいそうで……。俺はそれが一番恐い。だから、俺達は最初に約束をした」

リュウの話を聞いているエスは別のベッドに座り、伏し目がちに、ただ静かにそこに居た。
感情が見えず、言われた通り口を挟まない事が逆に恐かった。
アキアとハルはリュウの言葉を噛みしめ、恐れ、答えを求めるようにリュウを見つめ返した。

『約束をしよう』

二人には、エスとのその約束を話した事はない。

「お前達は人よりエスの素顔を知ってはいるだろう。だけど、聖女様としても見てるだろう?」

沈黙は肯定だった。

「当然だ。お前達はエスに救われたんだからな。聖女様として尊敬するのはわかる」

けれどそれがエスを苦しめ、同時に救いもした。

エスは、とても泣き虫だった。
記憶が無く空っぽな器に女神ローズや聖女エセルを投影され、どんどん自分が無くなっていくようで恐いと、苦しんで泣いていた。

『恐い……恐いよ…!僕はどうなるの!?』

自分の持つ能力を恐れ、変わっていく周囲の態度を恐れた。

『僕は悪魔じゃないよね?邪悪なドラゴンじゃないよね?』

群集から押し出され、吊し上げる様に祭り上げられ、訳がわからないまま罵倒された。

『リュウは、違うって言ってくれるよね?僕は居なくなった方がいいなんて、リュウは言わないよね?』

泣き虫の、無垢な少年は、そうして追い詰められていった。
そしてある日、遂にエスは言ったのだ。

『ねぇ。お願い……リュウ……。僕を……僕を、殺して?』

バカな事を言うなと怒鳴ると、エスは泣きじゃくって懇願した。
もう生きていたくはないと。
エスは抱えきれなかったのだ。
聖なる呼称も、それに付随する重圧にも。
だから、二人は約束をした。

『エス。約束をしよう』

エスを生かしたいと思ったから、リュウはその約束をした。

『本当の自分を探しに行こう。探して、本当の自分を知って、それでもエスが絶望したら。それでもまだ殺してほしいって思うなら、俺が必ず殺してやる』

そのかわり、エスを殺したら自分も必ず死んで一緒に逝ってやる。
言うと、エスは頷いた。

『約束をしよう』
『約束をしよう』

そうして俺達は旅に出た。


アキアとハルは唖然として二人の顔を交互に見た。

「今でも、二人は死ぬ気なの……?」
「本当の事がわかったら、二人は死んじゃうの?」

初めて、エスが何か言いたげに顔を上げた。
しかしそれよりもリュウが早かった。

「違う。これはいずれ死ぬ為の約束じゃない。何とかエスを生かす為に、俺が絞り出した方便だった。俺達は互いの命を縛ったんだ。エスが勝手に死なないように、俺の命も握ってるんだという脅しだった」

エスはまたうつむいた。

「エスはその方便に納得して、生きる事を約束してくれた。俺は最初から、絶対にエスを殺してやらないつもりだ。だから最期までそばに居て、一緒に生きてやるという“約束”だった」

リュウが視線を向けると、エスはゆっくり見つめ返し、そしてまた目を伏せた。

「僕はとても弱かった。いや。まだ、きっと今でも弱いままかもしれない」

沈んだ声。
アキアとハルは、初めてエスの弱さに触れていると感じた。

「約束の意味は当然通じてた。最期まで一緒に居てくれるって」

当然という言葉と空気でアキアとハルは安堵した。
死ぬ事が目的じゃなかったんだとわかったからだ。

「リュウだってちゃんとわかってるよ。僕にはとても、リュウを死なせる事は出来ないって」

エスは顔を上げ、二人に微苦笑を見せた。
それは、言葉を多く費やさずとも、二人は通じ合ってるんだと感じさせた。

「生きる為の、リュウが僕を生かす為の約束だった。だけど……。だけど、僕は……」

エスの視線が揺らぎ、アキアとハルに再び不安が湧く。

「いつでもリュウが終わらせてくれるんだと思わなきゃ、生きていくのが恐かった」

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