[携帯モード] [URL送信]

ドラゴン

三階建ての小さなホテルだとはいえ、いきなり窓に黒ずくめの人間が張り付いて居ればびっくりする。

「こんにちはー」
「普通に来れないのか」

リュウが窓を開けると、黒蝶はホテルの看板の雨避けを足場にしていた。
黒蝶はこうしてたまに窓から直接訪ねてくる事があった。
エス達は大概低予算の旅行者の為の安宿に泊まっているので、足場さえあれば入ってこれるらしい。

「いつか泥棒と間違われるぞ」
「ちょうちょさん黒ずくめだし、捕まらないのが不思議だね」
「他でもこうなの?」

リュウに続いてハルとアキアにツッコまれても、黒蝶は長い肩掛けをひらひらさせて笑顔でかわし、本題に入った。

「今回の依頼ですが、エスさんのご意見を伺いたくて」
「何です?」
「実は……『雨を降らせてほしい』ということなんです」

聞いた瞬間顔色が変わったのは、エス以外の三人だった。

「雨……」

エスは他の依頼を聞く時と何ら変わらぬ態度でそれを聞いた。
こういう依頼は時々あるのだ。
水を出してほしいとか、それでショーを見たいとか、雨を降らせてほしいなどという注文が。
動機がエスの力を試すようなものだったり、冷やかしや見せ物、単に揶揄する目的という場合が少なくない。
だから三人は警戒し、敏感に反応してしまう。

「可能ですか?」
「おい!」
「リュウ」

リュウは、黒蝶がエスの気持ちも考えずにやれるかどうかを聞いた事に我慢が出来なかった。
しかしエスは静かに名前を呼んだだけでそれをいさめた。
リュウが口を噤んだのを見て、アキアとハルも悔しそうに黙って見守るしかなかった。

黒蝶はそのやり取りの後、エスが微笑で先を促すのを見て話を再開した。

「確かに最近この辺りは雨が少ないみたいですし、こちらで断るのを迷いまして」

エスは微笑を浮かべたまま、ふぅっと息をついて話し出した。

「可能か不可能かで言ったら、出来ます」

リュウは眉間にシワをつくり、アキアとハルはハッと息を呑んだ。

「でもそれは能力の話で、この依頼が実現出来るか出来ないかとは違う」

聖女様の笑みが消え、やわらかく澄んだ声のトーンが落ちたのを、アキアとハルは察して緊張した。

「何度もお話してる通り、雨を降らせると簡単に言っても、天気を動かすわけですから。大変な事なんです」

空は一つで、水はその天と地を繋げている。というエスの言葉をアキアとハルは思い出していた。

「干ばつで長い間水不足に陥り、人々が困っているというなら別です」

エスは、つ……と、窓の外に視線をやった。

「ここは農村じゃないでしょう。深刻な水不足も無いのに、簡単に引き受けるわけにはいきません。水瓶はまだ満ちてる」

それに……と、視線を戻して続ける。

「乾燥してるぐらいだったら、自分で水をまけばいいことだ」

優しく慈愛に満ちた聖女様の微笑や、ふわふわと頼りないのんきな普段の顔を見慣れているだけに、エスが無表情で冷たく突き放すような言い方をするとアキアとハルは恐さを感じた。
ふわりと空気が変わっていつものエスに戻っても、まだそれを引きずっていた。

「色々手順もあって、そういう意味でも大変なんです。いつもお世話になってるのに、我儘を言ってごめんなさい」
「いえ。こちらの勉強不足ですから。お手数をかけまして申し訳ありませんでした」

帰る時も窓から出ていった黒蝶を見送った後、エスは窓辺に立ったまま空を見上げた。

「降らないねぇ……」

その呟きは何処か寂しげで、アキアとハルは、実はエスだって降らせてあげたかったんじゃないかと思った。
何も言いたくて厳しい事を言ったわけじゃないのだ。
自然の理があって、それは神が成すもので、人間の私欲で簡単に動かされるべきではない。
ずっと宗教と向き合ってきたエスだから。それが出来てしまう能力を持つエスだからこそ、守らねばならないルールがある。

「降るだろ、その内」

何でもない事の様に、リュウはさらりとそう言った。
励まそうと気遣ったのではなく、思っている事をただ口にしただけの様に。
短いけれど、自然な優しさを感じる言葉だった。

[*前へ][次へ#]

12/42ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!