ドラゴン
3
「招待状……?」
それを聞いて、ハルは純粋に喜んだ。
けれどエスはリュウの反応を窺って、彼の判断を待った。
眉間に力が入り、シャープな目付きが更に鋭くなる。
「まぁ、いいだろう」
「え…!?」
溜息混じりのお許しにはしゃぐハルは、冷めているアキアが信じられないとばかりに「サーカスだよ!?」と煽る。
「本当に?いいのか?」
しかしエスは不安を覚えた。
「せっかく招待されたのを断るのも何だしな。お礼はありがたく受け取ろう」
「うん……そうだよな……」
すぐに立ち去ったつもりだが、あれだけ人が集まってる場所で派手な事をやってしまったのだ。
エスの事はすぐ知れて、サーカスから正式にお礼の手紙がホテルに届いた。
「それにあいつらも喜ぶし。特にハルがだけど。たまには、な」
切り詰めた生活で、贅沢どころか満足にご飯を食べさせてあげられない時もある。
たまには、二人に楽しい思いをさせてあげたい。
「それに、お前もな」
「え?」
「いつも隠れて地味な生活してんだ。たまにはこんなのもいいだろう」
ご褒美だと思おう。
エスはそう切りかえて、リュウにお礼を言った。
テントが建つ場所まで随分あるのに、徐々にサーカスへ向かう人達が増えてくるのを、エスはほわほわと楽しそうな空気を纏って眺めた。
「やっぱり、人が多いねぇ」
そういう反応をアキアは「おじいちゃんみたい」だと言うが、リュウは逆にそこに幼さを感じている。
聖職者というイメージのせいか、達観してるような印象を与える。
確かにそんなところはあるが、それはあくまで一面であり、基本的には出会った当時と変わっていないと思っている。
「おや、皆様お揃いで」
「あっ、ちょうちょさーん!」
「こんにちは。珍しいですね、エスさんがこういう場にいらっしゃるなんて」
黒いローブに身を包み、その上に巻きつけた荷物入れにもなっている布も黒で、長い肩掛けも黒。
後ろでゆるく結ったストレートの長い髪も、虹彩も。
すべてが黒ずくめで一見すると不気味にも感じるが、その実、社交的で物腰のやわらかい爽やかな青年だ。
ハルがちょうちょと呼んだのは、彼が仕事で使う通称「黒蝶」から。
「エスさんは派手な事が苦手だと思っていたので、いらっしゃらないと思ってましたよ」
「さすが、耳が早いな」
「仕事ですから」
こちらの行動や情報が知られていても慣れたもので、リュウもさらりと答える。
黒蝶は同業者だが、情報屋のような事もしている。
だからエス達が何処に居ても把握してるし、情報のやり取りや、時に仕事の依頼の仲介もしてくれている。
聖女様であるエスと仕事の付き合いがあると信用度が違うそうで、エスの名前を使う事を認めるのがそれらの代価だった。
「お前も行くのか?」
「そうなんです。サーカス巡りが趣味なもので」
サーカスが巡るほど沢山あるか知らないが、エスはそんな疑問も抱かずにふわふわと笑って頷いている。
「依頼の事もありますので、後で伺います。では〜」
黒蝶は浮かれて飛ぶように肩掛けをひらひらさせて行ってしまった。
テントへ着くとお偉方がわざわざ挨拶に出てきてくれて、エスはとんでもないと首を振って小さくなった。
「ただ、咄嗟にしてしまったんです。こちらこそ招待してくださって、逆にお礼を言いたいくらいですよ?この子達の喜ぶ顔が見られて、僕も嬉しいです」
エスは聖女の微笑で、胸の前で祈る様に手を合わせて喜んだ。
それを受けて、招待したサーカスのお偉方はホッとして表情をゆるませた。
「それにホントは、僕も楽しみだったんです。パレードも素敵だったし」
こそっと声を落として言ったエスが嬉しそうに笑ったのが人間的で、意外な一面に彼らは親近感を抱いた。
子供達に早く早くと急かされて手を引かれていく光景に、庶民的な生活感を見出す。
何気ないワンシーンだったが、それは彼らに招待してよかったと思わせた。
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