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ドラゴン

キャメル色の角張ったキャリートランクが、エスの荷物のすべてだ。
数日の旅行の荷物ではなく、これがエスにとって全財産なのだ。
もともとガルドストーンしか持ってなかったのだから、そう考えると増えたように思う。

聖女エセルが着ていたケープ付きのワンピースが聖職者の法衣に見えたように、エスが着るローブも人々の目にはそう映る。
更にケープ付きのコートさえ、聖女エセルを彷彿とさせた。

「待て。エス、フードの方にしないか?」

パレードに行く準備をしている時だった。
普段はフードの付いてないコートを着ているので、リュウが別のフード付きのを着ないかと言ったのだ。

「え?あ、そう……」

エスはその意図がわかってなかったが、疑問も反発も抱かず素直にそれに従った。

「髪が目立つから、せめてかぶっておけ」

ガルド人特有の髪色である紫は人工的に再現出来てしまうので、天然か否か判断が難しい。
しかしその輝く水色は人工的なものと比べるまでもなく美しく、天然とそうでないものの差がはっきりしている。
よって、この色は神聖さの象徴でもあった。

「僕達は平気だね」

ハルのくせっ毛はダークブラウンで、アキアは赤毛だった。
それらはエルダイムで一般的な色だ。

「パレードなんだから、あのピエロのマスクかぶったら?今度は違和感無いよ」
「そうだよ!」

アキアの提案にハルも賛同したが、当の本人が首を振った。

「アレ視界が狭いから嫌。ちゃんと見たいんだよ」

確かに。美術館に行った時も、目的の絵画や彫刻を見る時にちょこちょこ顔を出していた。
リュウ達は息苦しいからだと思っていたから、なるほどと納得した。


歩道には何重にも人が並び、通りに面した建物の窓にも人が溢れていた。
エスはハルと一緒になって子供の様にそれを見上げたり、きょろきょろと落ち着きなく見回した。

アキアとハルは、なるべくいい場所で見ようと人混みに入っていった。
エスはその人混みの後ろで離れて立っていて、リュウもそれに付き添った。

遠くから賑やかな音楽と歓声が聞こえ始め、それが徐々に近づいてくる。
派手に着飾った出演者達がパフォーマンスをしながら沿道に手を振り、ピエロが戯けながらチラシを配っていく。
エスは楽しそうに笑い、傍らのリュウを見上げた。
そこにはエスを見守るような優しい眼差しがあって、二人は共にパレードの雰囲気を楽しんだ。

ゆっくり進むオープンカーの後ろからは大きなやぐらがついてきていて、その上で火を吹くパフォーマンスをしてまた歓声が上がった。
しかしその歓声はどよめきに変わり、そしてすぐに悲鳴に変わった。

「火が…!」

先程のパフォーマンスの火が、やぐらを飾り付けた布に燃え移っている。
乗っている人は急いで叩いて消そうとするが、火が回るのが早く、あっという間に勢いが増していく。
考えるよりも先に、エスは反射的に走っていた。

「エス!」

フードが脱げ人とぶつかっても構っていられず、袖をまくりながら叫ぶ。

「リュウ!水は何処!?」

大量の水を一気に出現させるには間が無い。

「そこだ!」

リュウはカフェに飛び込み、火事だと言って蛇口を全開にしてもらった。
店員はバケツを用意していたが、それよりも早くエスがそれを運んでしまった。
ザァッと浮かび上がった水は、燃えるやぐらへ飛んでいく。
大きな音と共に水蒸気があがり、火が消えてやぐらがずぶ濡れになるまでそれは続いた。
驚愕の光景に誰もが目を疑い、言葉を失ったが、その人を見つけるとじわじわとざわめきが広がっていった。

白いコートがふわふわとはためいて、水色の髪がなびく。
コートの下からは青白い光が溢れていた。

「リュウ!もういいよ!」

かざしていた手を下ろすとそれらはおさまり、エスはのんびりと乱れた服を整えだした。

「ったく、非常時とはいえ……」

派手な事をしてしまった。と、リュウはぼやいてエスにフードをかぶせた。

「行くぞ」
「わぁっ。待って!」

ボヤ騒ぎで混乱している間に、逃げるようにその場を立ち去った。


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あきゅろす。
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