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ドラゴン
第二話 俺達は互いに、互いが生きる理由になった
滞在する街にサーカスがやって来るという噂を聞き、ハルは楽しみにしていた。
まずは大通りでパレードが行われるそうで、絶対に見たいと保護者達にねだった。
エスも興味があったが、混雑が予想されるから安全面で心配だとリュウに反対されるだろうと思い答えをごまかしていた。

「ねぇ、いいでしょ!?明日なんだよ!?」

エスは返事に困って、リュウの顔色を窺った。
リュウはエスの気持ちを考え、尊重し、その幸せを願い、望んで支えている。
が、その為に厳しく意見する事もあるし、場合によっては対立する事もある。

静観していたアキアもリュウの判断を窺った。
この二人の保護者には役割があって、それを二人の子供達も理解している。
聖女様とお付きの従者。
最初はそんな主従関係かと思ったのだが、彼らはそんな単純な言葉では表現出来ない。

「リュウ。そう言ってるんだけど……どうかな?」

行きたいという我儘も、行くぞという命令もない。
お伺いをたてるのも眉根を寄せ、恐る恐るだ。

「ふーん……」

シャープな目にじっと見られ、エスは膝の上でもじもじと指先を動かした。

「人が大勢集まるっていうのはわかってるよな?」
「う、うん」

腕組みをするリュウの前で、エスは目を泳がせて小さくなっている。

「アキアとハルは人混みに紛れても大丈夫だけど、お前は遠くからになるぞ?」

わかるな?と、リュウは子供に言い聞かせるように言った。
それを聞くとエスはぱぁっと笑みを浮かべて、ハルのくせっ毛頭を撫でた。

「よかったね?行けるって」
「やったー!アキアもだよ!?」
「あんまりはしゃぐなよな、恥ずかしい」

聖女様と呼ばれるエスの包み込むような優しさは、子供達にとって時に母の様で、リュウの厳格さは時に父の様に思えた。
疑似的なものでも、家族の雰囲気を味わえるのは楽しい。
けれど、この二人の大人にはまた違った“絆”という、独自に構築された関係性があった。
それがどう構築されたのか、子供達は詳しく聞いた事はない。
ただ、二人がどんな言葉で表現されようと、それはどれも的確には言い表す事が出来ないと知っている。
何故ならエスは特別な聖女様で、唯一無二の存在だからだ。

「ごめんね」

エスは悲しげに笑みを浮かべた。

「僕に、もうちょっと稼ぎがあれば……。お出掛けに着ていく服も買ってあげられるんだけど」

彼が聖女である事によって、人より厳しく自分を律しなければならないのは、彼との生活で十分理解してきた。

「バカか」

リュウはそう鼻で笑って、聖女様の頭を小突いた。

「こっちはそんなの覚悟してるんだよ。それに、そんなものはお前が責任を感じる必要がない事だ」

正確には、エスは聖職者でも何でもない。
流浪の旅をするただの便利屋の青年で、たまたま信仰がアイデンティティーになってしまっただけの一般市民だ。
「龍神の御子」や「聖女様」という神聖な存在を崇拝こそすれ、自らがその名を継げるなどと大それた事は想像もしていなかった。
誰もが考えるのと同じように、エスにとってもそれは紛れもない冒涜だったからだ。
だからその神聖なものを重ねられる事に戸惑いを覚え、不敬であると苦悩したのだ。

エスがエスであるというだけで、すなわち女神の再来で、信徒、聖女様の生まれ変わりとなってしまう。
逃れようのない偶像。
それが今の、エスの最大のアイデンティティー。
そしてその弊害が、この逼迫した生活である。

「今更だよ」
「この服だってもともと持ってなかったんだから。拾ってもらって、俺達はもう十分に恵まれた」

アキアとハルは既に二人によって救われていて、それ以上を求めてはいない。
今で十分幸せなのだ。
だからエスが責任を感じ、自分を責める必要はない。

「そうか」

エスは苦笑し、頷いた。

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