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ドラゴン

エスが手を引いて発光がおさまると、館長は目を丸くして震える手でエスの胸元を指さした。

「せっ、聖女様……」
「あぁ、申し訳ない。こちらも反応してしまって。驚かせてしまいましたね」

聖女様のやわらかな微笑を浮かべたエスは、右手で胸元を押さえた。

聖女エセルはケープ付きのワンピースを着ていて、絵画や彫刻でもその姿で表現される事が多い。
エスもケープ付きのコートを好んで着ていて、白いインバネスコートがトレードマークになっている。

コートの襟をくつろげチェーンを引っ張ると、そこからごろりと大きな宝石が現れた。
館長達は息をのみ、普通ではあり得ない大きさのそれを見た。

「素晴らしい…!」

上部の平らなテーブルの部分に「S」と刻印されている。
それが見えるように固定された金具に銀のチェーンが通る。
エスはしばらくはガルドストーンをそのまま持っていたが、それじゃあ無くしやすいだろうと説得されネックレスにしたのだ。

「こういうガルドストーンを他に見た事がありませんか?」
「いいえ。これほどの物は普通出回りませんよ。他の宝石の類とは重みが違いますから。お分かりでしょうが、このサイズともなると……それこそ聖女様でない限り、持っているだけで冒涜とされます」

館長は声を低くして、慎重に言葉を発した。

「昔から女神の信徒は、太陽の信徒の次に多いですから。古代のフェルウォーレスがエルダイムの一部になり、フォールスとなる長い歴史の中で、国民はそれを学び、改め、守ってきました。異教でも、信仰する心は一緒です」

弾圧の歴史から、人々は学んだはずだ。
宗教が解放されて、理解が進み、異教の文化や芸術で観光が成り立つほどに。

エスはにっこりと笑みを浮かべ、胸の前で祈るように指を組んだ。

「ありがとう」


普通ではあり得ない物を持っていた事こそが奇跡だと、神の御子である証拠だと人々は言った。
けれどエスは知りたかったのだ。
自分が誰で、何処から来たのか。
それにはこの髪の色と、ガルドストーンしか手がかりがなかった。
けれど知れば知るほど、そして時間を経るほどに、すべては女神ローズと聖女エセルに繋がった。
今でも真実を知れたらと願うけれども、最近では「何が何でも、絶対に」という強い思いは無くなってきてしまっている。

諦念。

リュウは、「エスがしたいようにすればいい」と言う。
もともと両親の事は何となく聞いて知っていたし、勝手に面倒をみだして旅にもくっついていくと決めたのも、リュウ自身がしたかったからだ。
リュウはいつも、エスの幸せを願い、望みが叶うように祈ってきた。
だから、エスが他に目的を見つければ、それを応援し支えるだけだ。


コートをふわりとなびかせて関係者入り口から出ると、いつの間にか聞きつけて集まった人達の歓声に出迎えられた。

「聖女様!」
「青薔薇様!」

ぎゅうぎゅう押し合い、握手を求め必死に手をのばす者が居たり、花束を渡そうと潰れないように抱えている者が居たり。
エスは嫌な顔も困った顔も一切見せずに、にこやかにそれに応えていく。

増える荷物を預かるのはリュウ達の役目だ。

「ありがとう。ありがとう」

求められれば、一人一人に微笑を向け対応する。
担ぎ上げられる様に、群集から押し出される様に、意思に反して注目され聖女様として知られてしまった。
エスはもう私人ではなく、下りる事の許されない公人なのだ。
その苦労と重責を少しでも軽く、少しでも楽になってほしいと願うリュウ達は、エスの為に尽す事をいとわない。

祈ってほしいと求める人に応え、エスは目を瞑り指を組んだ。
すると周りの数人もエスの前で膝をつき、そうでない人もその場で目を瞑った。

「ありがとうございます!」

代わる代わる押し寄せる人に応えていたエスは、ハッと息をのみ手をのばした。

「待って、押さないで」

聖女様の微笑は消え、エスは慌てて声を上げる。
リュウ達はエスに何事か起きたのかと警戒した。
が、エスが見ていたのは違った。

「子供が…!赤ちゃんが潰れてしまう…!」

母親に抱えられた赤ん坊が、人混みに揉まれ泣いていた。
エスが声をかけると人々が避けてさっと空間が出来、母親は何度も礼を言った。

エスはまたにっこりと微笑を浮かべると、優しい指先で赤ん坊の頬を撫でた。

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