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ドラゴン

女神ローズと聖女エセルを見に来た人達は、エスにも好意的だった。

「聖女様!」
「お会いできて光栄です!」

押し合い握手を求める人々をかき分けて、スーツ姿の美術館の関係者がやって来ると、エスに丁寧に挨拶をした。
女神ローズの絵と聖女エセルの彫像が見たかっただけで、もうその目的も達成されたから帰るだけだ。
しかしエスが来たとなれば話題になり箔も付くという算段で、美術館側としては何としても帰したくないらしい。
結局応接室に通され、館長と写真まで撮る破目になった。

「聖女様のお蔭で作品が再評価され、入館者数も増えております。観光客の増加で市の景気もよく、それもこれも聖女様の恩恵あってこそ」

市長と会った時と同じように、仰々しく長ったらしい賛美の言葉が並べ立てられる。
リュウは“聖女様”の隣でそれを冷めた目で眺めた。

ハルはエスが褒められるのが嬉しくて、いつも言葉通り素直に受け取って喜ぶ。
そしてつんと澄ましたアキアが形ばかりの寒々しいお世辞だと言って相手を批判するのがお決まりだ。
そんな後の展開を想像しているリュウはといえば、冷静に状況を見守りながら、エスを気にかける事も忘れない。

エスが聖女様として浮かべるその微笑は、慈愛に満ちた女神の微笑だ。
青薔薇様や聖女様の再来として、人々がエスに何を重ね、何を期待しているか。
エスはその役割を、立場を、きちんと把握している。
本当の名前さえわからないエスに異称をくれた女神ローズや聖女エセルに泥を塗らないように。
その信者達を裏切らないように。
人々が期待し投影するそれに応える使命を、いつからか負ってしまった。
そんなエスを見ているから、ハルとアキアもエスに恥をかかせないようにする。
恩があるからというだけでなく、二人は心からエスを尊敬しているのだ。

「聖女様に是非お見せしたい物がありまして」

館長が合図をすると、白い手袋をした女性が薄い正方形の木の箱を運んできた。
蓋を開けると、古い時代のものと思われるネックレスがあった。

「これは、女神ローズの信者が少女の頃、聖女エセルから貰ったと伝わるネックレスです」

聖女エセルは大きな雫型のネックレスをしていたが、これにはとても小さな、正に雫一滴ほどの石がついてるだけだった。

「ガルドストーンですか?」
「ええ。寄贈されたばかりでまだ鑑定をしていないのですが、おそらく」

エスは顔を近づけて、じっとそれを見つめた。

「今でもガルドストーンは希少で大変高価ですから、当時の庶民には決して持てなかったでしょう。数が限られてますから、今だってこのサイズでも持てる人は少ないですよ」

ガルドとの国交は無いが、民間レベルでの貿易は行われている。
とはいえ、ガルドストーンは未だ希少で、一般的な宝石と同じような感覚で手に入るわけではない。

「金を溶かして別の物をまたつくるように、限られた宝石ですから加工されてしまいます。ですから、こうして歴史的価値のあるものが残っているのは幸運な事です」

確かに、色々調べたり探してみたが、エスが持っているものほど大きな石は見た事がない。
それこそ女神ローズや聖女エセルを描いたものや彫刻などでしかお目にかかれないのだ。

「聖女エセルからこれを貰った少女は、信仰に身を捧げ、修道院で亡くなりました。しばらくは信徒に受け継がれていましたが、宗教弾圧を機に失われていました」

それが最近民家の屋根裏から発見され、この美術館に寄贈された。
亡くなった祖父母が女神信仰の信徒だったそうなので、密かに受け継がれていたのかもしれない。

「手を近づけていいですか?触れませんから」
「ええ、どうぞ」

返事を待って、エスはすっと右手をネックレスの上にかざした。
館長や美術館の職員、リュウ達もそれに注視した。

エスの服の袖が揺らめいた。
かと思うと小さな石が発光しはじめ、何が発生しているのかふわふわと服がなびいた。

館長と職員達は驚いて声を上げたが、エスの胸元でも光が服の下から溢れているのを見て更に声を上げた。

「本物のガルドストーンみたいですね」

龍神の御子の神秘の力は、ガルドストーンがあってより強く発揮される。
御子にはガルドストーンが不可欠であり、神秘の力に反応するのもガルドストーンだけだ。

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