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ドラゴン

少年の指を開いてやると、握ったり開いたりを繰り返すだけでどうすればいいかわからないようだった。
やはり、発達が遅れ年齢より幼いのかもしれない。
しかしそんな子供を一人で置いて行くわけがない。
そして、思い至る。

「まさか……」

ここよりももっと貧しい地域では、沢山のストリートチルドレンと呼ばれる家の無い子供が居ると聞いた事がある。

「待ってろって言ったのは、どんな人だった?どのくらい経ったら来るって、言わなかったのか?」

水色の目が潤み、ひくん、と泣きそうにしゃくり上げる。

「知らない……知らない…っ」
「よしよし」

頭を撫で、少年が落ち着くまで待ってから、リュウは腰を上げた。

「おい、ここで待ってろ。じいちゃんに言って、昼飯持ってきてやる」
「ごはん……?」
「そう。ご飯。だから待ってろよ?ここから動くな」

しかし少年は、行こうとしたリュウの服を掴んで引き止めた。

「ん?」
「待っててって言ったの。ここで待っててって」

また置いて行かれるのが不安なのか、少年はリュウの服を掴んで放さない。

「うん、だから」
「来るって言った。声がそう言った。かならずむかえに来るって言った」
「え……声?」

誰が、ではなく。
声が?

「声が言った。約束って言った。それだけ。真っ暗。他は知らない。声だけなの。真っ暗なの」
「ちょっと、待って」
「真っ暗。声だけ。知らないの。他は“リュウ”しか無い。持ってない。知らない」

言葉は拙いが、発達が遅れてるのとは違うのかもしれない。
少年は、答えるべき材料を持っていないのかもしれない。

「お前、名前は?年は?憶えてないのか?思い出せない?」
「……真っ暗。無い。空っぽ」

ふるふると、幼い仕草で首を振る。
リュウは、転がっている宝石を手に取った。
宝石には「S」とだけ刻印が入っていた。

「エス……」

宝石を渡すと、少年は小さな手でそれを大事そうに包んだ。

「お前が持ってた物だ」
「“お前”の」
「うん。お前のだ」


記憶を空っぽにして、丘の上のりんごの木の下で眠っていた少年は、唯一の所持品である宝石の刻印から通称でエスと呼ばれるようになった。
他には待っていろという約束しか無いエスは、リュウの家で暮らしながら毎日リュウと一緒に丘の上へ通った。
しばらく続けた後、エスは誰も迎えに来ない事を悟って待つのをやめた。
悩んで、勉強して、やがて自分から探しに行く事にした。
記憶を取り戻し、本当の自分を探すために。


その美術館が注目を集め、訪れる人が増えたのは、ある宗教が注目されたからだった。
大陸で一番の国土を誇る大国、エルダイムの国教は太陽を唯一神とする信仰で、信者の数も一番だ。
太陽の光を記号化した十字が崇拝の象徴になっていて、国中に沢山の聖堂がある。
注目されたのは、北東部の地方フォールスに信者が多い女神信仰だった。
古代の歴史上の人物で、その女神の絵画がこの美術館に飾られているのだ。

龍神の御子と言われるローズ・ブルーは、龍神に授かった神秘の力を持っていたと言われている。
水を操り、天気さえ自在に変えられたという。
青薔薇様とも呼ばれる彼女はフォールスやエルダイムの為に力を尽くしたが、裏切り者のレッテルを貼られ、信仰が長く弾圧された歴史がある。
信者は主にフォールスに多いが、その一部の地方以外では女神信仰への差別や偏見は未だ根強いものがあるのが現状だ。

もう一つの目玉は、ローズ・ブルーの再来と言われた聖女エセルの彫像だった。
女神と同じ龍神の力を持っていたために、聖女エセルも「龍神の御子」や「青薔薇様」と呼ばれた。

女神ローズと聖女エセルが注目されたのは、ある人物の登場に起因する。
数年前、神秘の力を持つと話題になった少年が現れたのだ。
聖女エセルの神秘の力は教会に正式に認められ、女神の異称を継ぐに相応しいとされた。
少年が力を認められ、女神の再来として話題になると、聖女エセル同様に自然と女神の異称で呼ばれるようになった。

「龍神の御子」「青薔薇様」「女神の再来」
そしてそこに「聖女エセルの生まれ変わり」として、「聖女様」いう呼称も加わった。
聖女エセルに瓜二つだと言われる容貌のせいでもあり、その名前や出自も要因だった。

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