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極道うさぎに恵みあれ
第四話 役割
覚えているのは、沢山の黒いスーツの大人。


「おとなしくて、いい子ですね」

それが誉め言葉なんだとわかってはいた。
祖父が何となく偉い立場の人なんだともわかってはいたけれど、俺はそれを祖父に媚びたお世辞だとは感じていなかった。
祖父や兄が何かの用事で離れている時、一人でも騒がず、言われた場所でじっと待っている事がよくあった。
その度に偉いと誉められたから、俺は「言う事を聞いておとなしくしてるのはいい事なんだ」と学んだ。

後になって祖父が、「可哀想な事をした」と言っているのを聞いた。

ただ、しょうがなかったのだ。
誰のせいでもない。
どうしようもなかった。

それに一番は、これが『ゴクドウ』の家に生まれたという事なんだと。
宿命を。役割を。静かに理解していった。


そういうものなのだ。



遠足に行く子供の様だ。と、三嶋は思った。
実際遠足に行く時でさえ、彼はこんな幸せそうに笑った事はなかった。

彼には、友達と呼べるような人が居なかった。

作れなかったのかもしれないし、わかっていて作らなかったのかもしれない。
ただ彼は、坦々と学生生活をこなすのと同じように、嫌がる素振りも見せずおとなしく出掛けて行った。

聞き分けがいい事を、大人に「いい子」だと誉められるのは、彼にとって酷だったろう。

ふわふわと、日溜まりの様な空気をまとい。
幼く無防備な笑みを浮かべる。
こんな顔をさせる彼の兄は、そういう弟の性格も考えも、すべて見通していたと思う。
とても聡い人だ。
だから弟を特別可愛がり、愛情を注ぐのに躊躇いが無い。
気恥ずかしいとか照れ臭いとか、気持ち悪いとか面倒だとか。
感じて当たり前の抵抗が無い。

特異な家業ゆえに、背負うものが大きい。
けれどその分、芽生える絆も強いのだ。


「今日は帰りもいっちゃんと一緒でいいんだよね!」
「はい」

何回聞いたか知れない質問にも、勇は嬉しそうに返事をする。
「貴方の幸せが私の幸せ」を地でいく主従関係が、ここには存在する。


「いってらっしゃい!」

家業らしい頭の下げ方で送り出され、車中でもにこにことご機嫌な恵に、若い運転手はつられた。
つい、表情が緩んでしまう。
そして今日も振られた手に応えてしまうのだ。
見つかったら殴られるだろうとわかりながらも。


車を停めた細い路地を出て少し歩くと、ぱらぱらと生徒が見え始める。

つんつんと跳ねた髪型をした長身を見付けて駆け寄り、いつもの様に挨拶をした。
が、彼は眉間にシワを寄せ、いつもより鋭い視線をチラともこちらには寄越さなかった。

どうしたの?と聞こうとして、やめた。いや。出来なかった。
ピリピリしていて、とても話し掛けられる雰囲気ではない。
恐くはあったけれど、同時に寂しくも感じた。
彼の数歩後を、とぼとぼと黙ってついていく。
背が大きい分コンパスもあるようで、気にせずずんずん早足で歩かれるとどんどん離されてしまう。
その後ろ姿を見て、これまではのんびりしてる自分に合わせて歩いてくれていたんだと気付いた。


学校についても、紫央は友人を無視してさっさと一人で教室へ行ってしまった。
酷く叱られた小動物の様にすっかり怯えた恵に、政幸は慰める様に笑ってみせた。

「あいつは、家が嫌いだから」
「……え?」
「んー、嫌いとはちょっと違うかぁ?何ていうかなぁー。ま、とにかく今日保護者会で家の人が来るから、神経質になってんだよ」

言いながら、政幸は自然と恵の頭を撫でていた。

「かわいそーにぃ、めぐちゃん。恐いんだねー?」

恵はそんな事ないと否定したかったが、出来ない事で罪悪感が更に大きくなった。
恐がっちゃいけないと言い聞かせて、態度に出さないようにずっと心掛けてきたのに。
組の人達は、見た目の印象や偏見で一方的に決めつけられたり、居るだけで迷惑がられたり、無闇に恐れられたりするのを不快に感じると聞いた事がある。
幸い三嶋さんや勇君など常に接している人達は、いかにもな極道らしい人ではなかったから大丈夫だった。
挨拶程度とはいえ、もう組の人達には随分慣れたはずなのに。
何故か、紫央君が恐かった。

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