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極道うさぎに恵みあれ
第三話 こんなに君が好きだから
いつもと変わりない朝を迎える藤城家。
広い家は何処も掃除が行き届き、生活感が見えないくらい整った状態が維持されている。
それは若くして極道の門を叩いた松岡勇の仕事であり、十九にして手際よく家事をこなしている証でもあった。

外見は所謂イマドキと言われる茶髪の若者だが、家政夫の様であっても極道の端くれのつもりで仕事に誇りを持っている。
それは組のトップの大切なご家族を守る責任の重大さを自覚するからこそであり、それに若い自分がこの仕事を任せてもらっているのは信頼されているからだと自負してもいた。

勇とは一回り以上年が離れた彼の尊敬する上司は、そんな仕事を長く任されている。
二人の朝は早く、夜は遅い。が、そこに不満などある訳も無い。

守るべき人が年下の高校生であっても、勇には接するのに恐れ多い気持ちがある。
本人が自身のそれをどう捉えどう感じているか伺った事は無いが、彼には間違いなく藤城の血が流れている。
勇と何処も違わない普通の人である筈なのに、それが高貴なものであるかの様に、触れがたい何かがあった。
それは立場の違い。
「下」が「上」を前にした時の感覚。
服従や支配ではない、崇拝にも似た忠誠心。

これこそが勇がこの仕事を任されるに至った最大の要因だった。
ただ家事をして高校生の男の子の世話をすればいいだけの仕事とは思わず、互いの立場を知り、強い責任感で取り組む。


この朝は勇が彼の部屋へ起床の時間を告げに訪れた。
ノックをして、声を掛けて更に待ってみたが物音はせず、覚悟を決めてノブを回した。

そこには彼が立っていた。

彼を象徴する柔らかな笑みと、常に纏う穏和な空気は無かった。
ベッドにシャツを脱ぎ捨てて、流れる様に動く茶色い相眸。
色素が薄い彼の肌は白く、髪の色はとても明るかった。
着衣のままでは頼り無げに映る身体は、筋肉質とはいかないまでも、引き締まって余分な脂肪など無い。

髪も目も黒く体格もいい一弥とはまるっきりタイプが違う。
相手を萎縮させてしまう程の、冷酷なまでの厳しさを持つ、強い眼差し。

どちらも容姿が整ってはいるが、似ているとは言い難い兄弟。
だが恵がこうした顔を見せた時、勇は二人が実は似ているのだと思わせられる。
一弥を前にした時のそれと感覚的に近い。

勇が改めて挨拶をすると、恵の表情は和らいで見えた。


「あ……おはようございます」

ぼやけた頭が捉える、緊張した言葉。

「あぁ……おはよ」

眠い目を擦り、制服のシャツへ手を伸ばす。
勇君は部屋の中までは踏み込まずに、おずおずと切り出した。

「あ、あの、保護者会の事なんですけど、三嶋さんは行けないそうです」
「え……そうなの?」

てっきり来るものだと思って先生にもそう言ってしまった。

「いえっ、でも、一弥さんが行かれる事になりました」
「うそ…!いいの!?」

思ってもない事態に自然と顔がゆるむ。
嬉しいと同時に、時間を作ってくれた事にありがとうを言いたくて、シャツのボタンをとめながら歩き回る。

「今日いっちゃん来てる?」
「いえ。マンションのご自宅の方に帰られましたから、今日は……」
「そっかぁ……。じゃあ、お礼は後でだね」

いっちゃんは別な場所に自分の家を持っているけれど、お祖父ちゃんが住むあちらの家に泊まる事も珍しくはない。
ずっとこっちの家に居るのかと思えば、しばらく来ない事もあったり。
不規則で、割合的にどちらと言われても難しい。

当日までに言える機会はあるだろうか、と落ち着かない気持ちで、閉まるドアを見た。


家業が家業だからといって争い事にマヒしているわけじゃないし、まして物騒な事に慣れているわけでもない。
だからケンカを目撃してしまったら、やっぱりそれなりに恐い。
いや、実際物凄く恐い。
例えばそこに見知った顔があっても、だ。

運転手さんに手を振り、角を一つ曲がると数分でもう高校に着く。
しかし今日は、角を曲がったら紫央君が見知らぬ生徒の胸ぐらを掴んでいた。
今まさに凄んでいる最中で、思わず足を止めてしまう。
自分が当事者ではないのに、見ているだけで心拍数が上がってオロオロする。
なまじ片方が友人なだけに見て見ぬ振りがしにくくて……というのは言い訳に過ぎず、ただ足がすくんだ。

まだ知り合って日が浅いし、友人と言い切れるのか怪しくはある。
けれど、これまで過ごしてきた限りでは、クールで口数が少ない人という印象だった。
見た目で恐く思われがちだけど、知るきっかけが無いだけで、親切で優しい人だと感じた。

本当は乱暴な人なの?と怖じ気付くけど、それだけで無闇に判断してはいけない、という葛藤が生まれる。

壁に押し付けられた人は殴られる事無く解放され、紫央君の背中は離れ始めた。

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