極道うさぎに恵みあれ
5
「こうやって恵の目を見て、話を聞いてもらいに来た。恵に甘えてるのが酔ってる証拠だよ」
「甘え、てる……?」
いっちゃんから自分の事を言うのにそんな言葉が出てくるなんて意外だった。
自分を自ら貶める様な事は言わない人だ。
いつだって強くなろうと、強くあろうとしてきた人だから、自分が甘える事を許さなかった。
酔っているとはいえ、いや、酔っているからこそ出た言葉。
その相手が自分だった事が、心の底から嬉しい。
額にかかる重みを手にとって、胸元で握る。
「話して?」
ん?と聞き返すそれに混じって漏れた息は普段なら見られないもので、些細ではあるけれどやはり酔っているんだとわかる。
「いっちゃんが話したい事、言って?もし朝起きて覚えてなくても……俺が聞きたい」
「いい子だ、恵は。……とてもいい子」
握った手を、温かい手がぎゅっと握り返した。
いっちゃんが抱く「甘える事への罪悪感」を拭う為に気遣って言ったんじゃない。
「いい子じゃないよ。本当に俺が聞きたいのっ。いっちゃんの為になりたい…っ」
真っ直ぐに見つめる目が少し見開かれた。
「だから言って」
沈黙が訪れてすぐさま後悔した。
「甘えてる」と言ったいっちゃんは、甘えたかったんだ。聞いてほしかった。
なのに自分がせがんでしまったら立場が逆になる。
こちらの願いを叶える事になる。
「ごめんな、恵」
失敗した。
「俺は恵を守ってあげなきゃならないと思ってきたし、今もそう思ってる。お兄ちゃんだからそう『しなきゃならない』んじゃない。俺がそう『したい』からだ」
似てる。自分の言った事と。
いや、同じかもしれない。
その先の言いたい事に俺が気付いた事を悟ったようだった。
「俺達は、相手の為になりたい」
思いは通じたのに胸に残るこの寂しさの訳は、自分が失敗したせいだった。
だけどもう取り返しはつかない事で、きっとさっきがその分かれ道だったんだ。
「家の為に強く、人の為に強く、……自分の為にも強くなってやりたかった。人になめられるのが、堪らなく悔しいからだ」
自信と強さに満ちた声はいつも高圧的な印象で、相手に非が無くとも、何か悪い事をしたのでは?と不安にさせ、怯えさせる様なものだった。
それは鋭い眼差しや醸し出す厳しい空気もあって、相手が気圧されていまう。
そんな人が、優しく笑って撫でてくれる。感情のこもった温かみのある声で。
そして、甘えてくれる。
「恵の為に強くなりたいと思ったのは、恵を守りたいからだったのに……ただ強くなるだけじゃ駄目だったって気付いた」
いっちゃんは、俺がねだったものを与えてくれたんじゃなかった。
話してほしいと言ったそれに素直に甘えてくれていたんだ。
「こうして甘える事も大事だったんだって気付いた。俺がされて、ずっと嬉しかった事なのにな」
今、嬉しい。
完ぺきで強い兄は、関わる事が許されない場所で仕事をしていて、自分は兄の為に何が出来ているのかわからなかった。
大事に思ってくれてるってわかってるのに、何度だって実感するのに。
何も出来ない自分はただの荷物なんじゃないか、って不安になった。
「家の事から何で遠ざけるのかとか、どう思ってそうするのかもわかってる。だけどそれじゃあっ、いっちゃんに触れるところが無いんだもん…っ」
「……恵」
「ただ甘えてるだけじゃわかんない。家の事は知らなくていいから、自分は必要だってもっと知りたいっ」
声が震えそうになるのをぐっと我慢する。
「悪かった。寂しい思いをさせてたね」
言われて、意識せず寂しいと言っていたんだと気付いた。
悪かったと繰り返したいっちゃんに黙って首を振った。
そうして頭を撫でられていると、沈黙も心地いい。
「そうだ、恵にあげたいものがあってね」
そう言って手を伸ばしたのはローチェストだった。
何かを手に、くすりと笑って話し出す。
「通りがかった花屋に沢山並んでて、恵を思い出して笑ってしまったよ。可愛いと思わないか?」
手のひらにちょこんと乗る白の小さな陶器。
その中にあるのは真ん丸のサボテンだった。
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