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極道うさぎに恵みあれ

「話せば仲良くなれるって」
「言われたの?」
「何の裏も無しにそう言って笑われたら信じるしか無ェ」
「あっはっはっはっはっ!マージでー!?簡単に毒抜かれんじゃん!めぐちゃん最強だな」


恵最強説が唱えられている頃、彼は自宅の門から離れた場所で降りていた。
自宅の前にはずらりと黒塗りの高級車が並んでいて近付けないからだ。

出掛けるのはこれからなのかー、と思いながら何気なく門をくぐった途端。

「お疲れ様です!」

一人が言うと全員の声が揃い、深く頭を下げる。

「お疲れ様です!!」

ビリビリと響く程の音量に慣れずに毎回びくっとしてしまう。
庭にずらずらとスーツ姿の大人が並んで景色は真っ黒だ。

「ただいまー」

笑って言えばいくらか緊張感が和らいで、笑ってくれる人も居る。
恐いばっかりじゃない。

「恵。お帰り」

その声を聞くだけで嬉しくて、反射的に笑みが零れるのはもうどうしようもない。
駆け寄って、本当は抱きつきたい気持ちを抑える。

「ただいまー」

組の皆の前でべたべたしたりいつもの呼び方をすると、立場的にみっともないだろうと思って我慢だ。

「あのっ、今からなの?」
「ああ」

この優しい眼差しが好きだ。

「……いってらっしゃい」

帰ってきたら会いに来てね、と喉元まで出て引っ込んだ。

「いい子にしてなさい」

優しい笑顔で、声で。
優しい仕草で頭を撫でる。

厳しい仕事の顔になったいっちゃんは兄ではない。
仕事の人だ。
そこに関わる資格も力も無い自分には、口を出す事は許されない。
きっと一生涯、触る事の出来ないいっちゃんがあり続けるのだろう。
そしてそれは、とても大きな範囲で。


ボールペン字講座のお手本か!と思うぐらい綺麗な字の書き置きの下に、ラップをされた夕食。
ガラスのボールの中のオムライスには、ケチャップで「おかえりなさい」と書いてある。

「ただいまー」

どっちが書いたのか知らないけれど、何て器用なんだ。
確実に食べるのが惜しくなるじゃないか。

「ありがとう。三嶋さん、勇君」


風呂から上がったばかりで濡れた頭にタオルをかぶり、テレビをつけていてもただ何気なくぼんやり観ているだけ。
今日は起きている内に帰ってこないのかな、と思いながら自然にむくれているのに気付く。
もしかしたら頬を膨らませて拗ねるのが癖なのかな?と自分でふと思う。
と、インターホンが鳴る。

「はいはーい」

ぱたぱたとお気に入りの白いボアスリッパで向かうと、様子見に来てくれた組の若い留守番の人だった。

「ご飯食べてー、お風呂入ってー、もう寝るだけだよ?」
「そうですか。では何かあったら向こうに居ますので」
「はーい。ご苦労様です」

組に関わらず、出来るだけ一般的な生活を、といっちゃんや三嶋さんが望んでいるのをわかっているから、何となくな気分で気軽に向こうの家に遊びに行ってはいけない。
寂しいからって話し相手になってもらうのもよく思わないだろう。
安全に、無事で居るのを望まれているから、大人しくベッドに入る。


どれくらい経ったか、誰かの気配を室内に感じて、意識がゆっくりと覚醒していく。
頭の側で物音がして、ベッド脇のローチェストが思い当たる。
脚付きの白いそこの上には本を並べているぐらいで、あとは携帯を置いているだけだ。

気配がベッドに腰掛けたのを、軋みと僅かな揺れで感じとる。
やっと声が出せるくらいは頭と体が起きてきて、目を覚まそうと強引に声を出す。

「んーっ」

唸って身動ぎ、重いまぶたを何とか開く。
目の前の黒いシルエットをよく見るとそれは黒いスーツで、伸びをしたついでにジャケットを摘む。

「うーん…っ……んんっ、んぁーあ、お酒くさぁい」

それが誰なのか確認もせず油断して心の声をまんま漏らしてしまった事を、次の瞬間悔やむ。

「ごめん恵。でも寝顔だけでも見たかったんだ」
「いっちゃん…!」

暗さに慣れてきて顔がわかると、本当に来てくれたんだという実感が湧いてきて、尚更さっきの言葉が悔やまれる。

「ごめんなさい」
「何?」
「お酒臭いって言って」
「はははっ、謝るのは俺だろ?」

頭を撫でて、大きな手が額に置かれる。
その温もりが嬉しくて、お酒臭いのなんて構っていられずにずりずりと足に擦り寄る。

「今日は随分呑まされた」
「いっちゃんが言うなら相当だね?でも変わんないように見えるよ?」

今は暗くて顔色はわからないけれど赤くなったりしない方だし、見た目で酔っていると感じた事は無い。

「寝顔を見に来たって言ったけど、本当はまだ起きてればいいなって思って来た」

単純に嬉しいって喜べない、何か言いたげなトーンが気になる。
何を言うの?悪い話?
まさかしばらく会えない、って?

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