極道うさぎに恵みあれ
2
授業が終わったのを見計らってタイミングよく鳴った携帯を手に廊下に出る。
「はい」
『もしもし。三嶋です。今大丈夫ですか?』
「うん」
『……どうされました?』
少しの間の後の声はトーンが落ちて、電話越しにも心情を掴もうと集中するのが感じられる。
さすが親代わりだけある。
ほんの少し話しただけで変化に気付く。
「うちの人達って本当はいい人達だよね?見た目の印象で誤解されてるんだよね」
『ええ……そうですね』
「皆さ、誰も皆話してみなきゃわからないもんね?」
『ええ。そうですね』
「そうだよね」
仲良くして居たいから、もっと仲良くしたいから、だから話し合って解り合おう。
「ありがとう、三嶋さん」
『いえ』
温かく包み込む様な安心感。
その存在は大きくて、親ってこういうものなのかな?と思う。
「それで、なーに?」
『あ、はい。実は今夜全員で出掛ける事になりまして、遅くなりそうなので食事を用意しておきます』
「家の事?」
『はい。あちらの家に何人か残しておきますから、何かあれば』
組の事だから仕方無い。
寂しいからって我儘言っちゃいけない。
「わかったー」
とは言ったものの、帰っても家に一人だと思うと憂鬱だ。
携帯をパカパカ開いたり閉じたりして遊びながら、ぷぅっとむくれて拗ねる。
「めーぐちゃん。お昼一緒に食べていい?」
「お昼とか言うな、気色悪ィ」
「あれ?怒ってる?」
拗ねたままぶんぶん首を振る。
「帰っても一人なんだってー」
「電話、親からだったの?」
「んーん。三嶋さんて親代わりの人」
言うと、ユッキーはわしゃわしゃと頭を撫でた。
「よーしよしよし。寂しいんだねー?」
「ペット扱いか」
「うっさい!可愛いんだよ!」
「その言い分意味わからんぞ」
二人共、変わらず接してくれるのが嬉しい。
今日も三人で隠れた階段でお昼を食べる。
「うちに帰るのやだなー」
シンとした家が嫌だ。
誰も居ない家が嫌だ。
「めぐちゃん…!そーいう事を天然で言っちゃいますか!?」
「そこに何の意図も無い事を悟れ、浮かれ野郎」
ん?と首を傾げると、ユッキーは床をばしばし叩いて騒いで、また紫央君にツッコまれた。
お弁当を食べ終えた頃、階段の下からクラスの人が顔を覗かせた。
「あ、居た。藤城。担任が後で話あるって」
「はーい。ありがとう」
それを見ていた二人は溜息を漏らす。
「そんな警戒心無くて大丈夫か」
「おうちの人は何て言ってるの?めぐちゃん!あまりに誰彼構わずウェルカムじゃない!?」
「護身術を真剣に習ったら?ってたまに言われる」
「護身……まぁ頷けるけど」
今なら言えるかもしれない。
「あのねー?二人とご飯を食べられる事が嬉しいんだ。仲良く出来て嬉しい」
だから誤解があるままは嫌だ。
「皆が冗談で言ってるってわかってるけど、その人の気持ちが本気か冗談かなんて、話してみなきゃわからないし」
二人は黙って耳を傾けてくれる。
「だから紫央君が皆と同じく冗談で聞いたのか、それとも本当に聞いたのかわからくて、何て答えていいかわからかったから……怒ったんじゃないんだ」
深く考え過ぎなのかもしれない。
そんなの冗談に決まってるって笑って否定すればいいんだろうけど、誰かの気持ちを無視して決めつけてるみたいで嫌だったから。
「めぐちゃんは優しいね。人の気持ちを大事にしてくれる」
その時見た笑みは、普段の明るいユッキーからは想像がつかない自然な優しさをまとっていた。
「二人の方が優しいよ」
煩わしく思わずにちゃんと耳を傾けて考えてくれる。
「ああ……紫央も入るわけね」
残念そうに項垂れるユッキーを見て思い出す。
冗談か友達としてのノリとしか思っていなかったユッキーの「好き」
例えばもしそれが本気だったら、優しいと言った言葉の別な意味に気が付く。
『人の気持ちを大事にして“くれる”』
だけどそこまで聞けるわけない。
「先生ー。来ましたー」
職員室に来て早々、溜息混じりに注意をされた。
「小さい子供じゃないんだから語尾を延ばすのやめなさい」
そう言われても意識してやっているわけじゃないから難しい。
一応返事をすると本題に入る。
それは初めて担任になった教師からされるお決まりの言葉。
困った事とか相談したい事があったらいつでも聞くから、遠慮しないで先生に言ってくれ、と。
家の事がバレたら困るからじゃないの?ってひねくれた考えが邪魔をして、結局相談した事は無い。
それに大きな問題になった事は無かったから、先生達に頼らずに済んできたという事もある。
罪悪感で自分が嫌になる。
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