原田先生は少し考える仕草をして黙り込んだ。 この準備室から出ていく雰囲気ではなかったので、私は椅子に座りなおした。 準備室は無人のように、静かだった。 この静寂に包まれるのは何度目だろうか。 私は先生の横顔を見ながら思った。 先生が好き。 優しいところも、全てが。 先生が皆に優しくするのはイヤだ。 私の醜いどろどろした感情。 それを持つ自分も余計に腹立たしかった。 ただ思うのは、私だけを見てほしい―。 またチラと目を向けると視線が交わる。 先生の瞳の奥底はいつも輝いているのだ。 「――鈴木、もう期待しなくてもいい」 「え―?」 突然沈黙を破る。 先生の言葉の意味もわからないまま、腕を引っ張られたと思ったら、すっぽりと先生の腕の中にいた。 そして、私の耳に先生の口唇が触れる。 何事か理解できず、先生の行為に赤くなる私をよそに、先生は言葉を紡いだ。 「好きだ」 「っ!」 甘く少し擦れた吐息が、私の鼓膜を揺らした。 夢なのか分からないまま、甘い空間に眩暈を起こしそうになる。 「もう遅いとか言わないよな…、千佳」 「本当、ですか?」 信じられず、先生に問うと私をしっかり見据えながら言う。 私はついでに自分の頬をつねった。 痛くて、今度こそリアルなのだと知った。 「夢じゃないさ」 「いきなり…何で―」 「平助に嫉妬、って言ったら信じてくれるか?」 照れるように、頬を指で掻く先生。 「千佳、お前が愛しい」 恥ずかしい気障なセリフは、型にハマっていて妙にかっこよかった。 「私、先生を好きでいていいですか?」 「勿論だろ」 諦めなくて良かったと思うと同時に、ドラマの中で起こっている出来事みたいに客観的に思っていたのも事実だった。 「こんなに惚れると思わなかったよ。なぁ、キス、していいか?」 私の身体は、もはや茹でダコ状態。 心臓が爆発しそうなくらいだった。 縦に頷くと、私はぎゅっと目を閉じる。 先生の端麗な顔を間近で見てしまうと余計に緊張するから。 少し乾燥した口唇が重なる。 ゆっくりと優しく触れる口唇に溶けてしまいそう。 私たちは長い間、口唇を重ねていた。 「情けねぇ、震えてるよ」 先生は拳をぎゅっと握り締めていた。 私はそっと手を添える。 「先生ありがとう」 「千佳、涙、出てるぞ」 「本当だ…」 先生、 ツ、と流れ落ちていく涙は幸せの涙。 好きになってくれてありがとう。 この幸せを無くしたくないと感じた。 「先生、大好き…」 「知ってるよ、千佳」 FIN. 0620 |