今日はバレンタインデー。よってあちこちから甘いチョコの匂いがする。 休み時間に目立つ女子がチョコを配ったりだとか、チョコを貰った男子をはやしたてたり、大抵が見慣れた光景だ。 その中で私は、机の中に入っているラッピング袋に手を触れため息をついた。 朝から先生は案の定、沢山のチョコをもらっていた。 SHRが終わった直後は、クラスの女子が駆け寄り渡していたり。 いつ渡せばいいのかタイミングが掴めず、あっという間に放課後になり、もう諦めようとした。 昇降口に向かう足。 けれど、ふと昨日の友人の言葉を思い出した。 せっかく「頑張れ」と言ってくれた友人に、なんと言えばいいのだろう。思いとどまった私は、昇降口とは別の場所へ、足は動いていた。 そこは教室からは少し遠く、原田先生がよく居る準備室だった。 「失礼します」 「ん、鈴木か?どうした」 「え、えぇと」 いざ本人を前にすると緊張で言葉が出ない。 どうすればいい、どうしたらいい、私の頭の中はそればっかりで混乱していた。 ぎゅっと手を握り、口を開いた。 こんなこと言うはずなかったのに。少し後悔した。 「何か言ったか?」 「いえっ!」 私が言った言葉は「教えて下さい」 我ながら呆れてしまった。けれど、教科書を持ってきていて良かったと安心した。 「よく分かりました。いつもありがとうございます」 「本当、鈴木は勉強熱心だよな」 「いえ…」 会話が途切れた。どうしよう、今しかないかもしれない、と深呼吸をしておずおずと話し掛けた。 「あの…先生」 「ん?」 カバンから震える手でチョコを取り出した。俯きながら差し出す。 「あのこれ、…日頃のお礼です!」 「あ、あぁ。チョコか」 「でも、迷惑ならいいんです」 先生今日沢山貰っていたし。と口籠もって呟くと、先生は笑った。私は思わず先生を見上げてしまった。 「いや、ありがとな。嬉しいよ」 私は自分の手から離れていくチョコを見ながらドキドキしていた。原田先生の笑顔にも、受け取ってもらえるチョコにも。 準備室には夕陽が差し込んでいて、そこはオレンジ色に染まる。 私は何かに浮かされたように、背を向けた原田先生の裾を掴んだ。 「先生…、好きです」 0504 |