あの人はもういないのに、この空は、世界は、何も変わらない。 …違うかな、世界は酷く変わってしまった。 「かあ、さま?」 「…何でもないよ夕月。ただの独り言」 そう、独り言。母さまは目を伏せ、哀しさ帯びた言葉で私に告げた。 幼い頃の私は、その日の母さまの表情、言葉を未だに覚えている。 それほどまでに印象が強かったのだから。 空は曇天。太陽なんて見えないほど厚い雲に覆われている。もはや太陽なんて存在しているのか疑わしいほどに。このところ青空など目にしておらず雨か曇りの日々だ。 まるで希望なんぞ根こそぎどこかに無くなってしまって、全てが絶望に満ちた世界のよう。 「否、まるでというより――」 まさにの方がぴったりあっている。自分が世界で唯一の生きているものみたいに、辺り一面そこには、希望や生気の一つすら見つからないのだから。 世界から切り離された少女は、荒廃した無人の土地を徘徊しながら、辺り一面、何かを探すようにジッと目を凝らしていた。 そしてある一点を見つめて、長年の肩の荷が下りたようにホッと儚げな笑みを浮かべた。 「やっと…、見つけた。母さま」 その目線の先には小太刀が地面に突き刺さっていた。それは小太刀の面影さえも分からない程に型崩れをしていたが、少女はそれが母さまの形見だと理解していた。 急ぎ足でそれに近づくと、崩れてしまわないように丁寧な仕草でゆっくりと抜き取り、さも大事そうに胸に抱き締めた。 「―これは…、桜、の木?」 小太刀の傍にあったのは、枯れ果てた木が一本。それはもう死滅している枝のみで、もう花をつけることは出来ないけれど少女は酷く懐かしい気がした。 これは本当に桜の木なのだろうかと自身の発言に疑いを持つが、これは桜の木なのだと、少女の心が身体が叫んでいた。もし間違っていても、確かめる方法などありはしないのだから。 「小太刀、守ってくれていたの?…ありがとう」 少女は小太刀を抱きしめその場に座り込む。片腕を桜の木に手を当てて目を閉じた。 それは神聖な祈りのように思えた。何に祈るのか。辺りには誰もおらず、そのような事を考える人もいないけれど。 いくらか時が経ち、少女はゆっくりと目を開いて、太陽の見えない厚い空を仰いだ。 「…これは、私たちの咎」 少女の呟いた声は虚空に呑まれていき、頬には一筋の雫が伝う。 ふいに、生ぬるい一陣の風が少女の頬を撫ぜた。 風によって揺れ動くものは、そこにはほとんどなく。 けれど変わったことといえば、少女がその場から忽然といなくなっていたことだろう。 誰にも知られずに、ただひっそりと少女は初めから存在していなかったように世界から消え失せた。 誰もいなくなった地には、まるで世界が悲しんでいるように、ぽつぽつと雨が降り始めたのだった。 090122/0328 |